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浜辺の診療室から

“生”は、可視光線の世界を通過していく?
(死と向き合うこころ 第4回)

  • 高齢者の終末期

昭和61年9月、当時のNHK教育テレビ「こころの時代」において、医師であり詩人でもあった上田三四二さんは「死を受け容れる」というタイトルで、宗教学者・脇本平也さんと対談しています。

上田さんは、大正12年生まれ。42歳のとき結腸ガンの手術を受けました。当時、ガンはそのまま死を意味する時代でした。術後10年が経ったとき、また新たなガンが前立腺にみつかりました。昭和59年7月から治療を開始し、平成元年1月、65歳の生涯を閉じられました。

対談では、悪性黒色腫で亡くなった宗教学者・岸本英夫さんの話が出てきます。岸本さんも上田さんも「理科の人間」だと、脇本さんから紹介されるのですが、ふたりが共通して口にしていた「死後はない。来世などない」とする考えは、理科的つまり近代科学的なものの考えに根ざしているのでは、と脇本さんから指摘される場面があります。理科、文科という分けかたを好まない人もいるでしょうが、昔はそうしたいいかたをよくしました。

 

しかし、「死後はない」としていた上田さんの考えは、晩年に大きく変わっていきます。理科の人間としての発想力でしょうか。上田さんはこう語っています。「電波、赤外線、可視光線、紫外線、エックス線、ガンマ線、宇宙線というのは、同じ性質の電磁波なんですね。その可視光線の部分だけが見えるわけなんです」。

 

 現世という可視光線の場に立てば――

 それが身体をもって生きることのありようだが、

 赤外線とその外、紫外線とその外という前後の波動は厚く深い闇であり、

 現世はそういう底しれぬ闇から差し出された、

 ごく小さな、光る露頭にほかならない。

 無限の闇の、たまたま光る微小部分が現世であり、

 生命界だと言える。

 

 私はこんな妄想を抱く。

 世界はすべて波動より成り、

 人間は――生命は、赤外線の側より送りとどけられて

 現世たる可視光線界にとどまり、

 やがて紫外線の側に抜けて行く。

 それが人間の一生であり、生命のサイクルなのだと。

 

 波長を赤色の外に移して赤外線という長い波長に同調せしめるとき、

 そこにあらわれるのが腐敗する身体、廃棄された身体としての黄泉的な死後世界であり、

 逆に紫色の外側、紫外線という短い波長に同調せしめるとき、

 廃棄された身体の眺めは透過されて浄土的死後世界があらわれる。

 両者は異なったものではなく、対立するものでもない。

 認識の手段に相違があるだけだ。

『死に臨む態度』(春秋社版 1993年)から

 

 

生前 ⇒生 ⇒死後と移り行くだけで、そこに絶対的な差異はない。可視光線という限られた波長によって提供された「いま見えている」世界で、わたしたちは、見えるものしか信じないような生きかたをとおして、“生”を体感しているに過ぎないのだろう、と上田さんは語りました。そして、微々たる波長のちがいによって切り取られた世界がすべてだと信じてしまうことの危うさを、上田さんは痛烈に批判していました。

目次

認知症

高齢者の終末期

老いるということ

新型コロナウイルス感染症

心療内科

介護・医療・福祉の現場から

生をめぐる雑文

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