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浜辺の診療室から

“ 感情 ”的になったら、熱くならずにクーリング !
(第7回)

  • 認知症

問題が起こると、わたしたちはそれを解決しようとします。何をもって解決するかといえば、知恵です。ひとりの知恵だったり、複数の知恵を集める家族会議だったり。

しかし知恵の力をもって、感情を抑えることはできません。感情や情動を抑え込むことができるのは倫理や規範です。義務や責務、使命感、命令で、人は動くと思われがちですが、答はノーです。感情は、すべての人の行動を支配します。

 

感情は阻止されることで、容易にこじれます。ですから、あまのじゃく化したオトナに “ 正論 ” で立ち向かう行為は、火に油を注ぐことになります。

抑制系がおろそかになっている高齢者なら、なおさらのこと。行動や言動はますますひねくれ、溝は深まるばかりです。棲家はあるものの、居場所を失った “ 老いびと ” は、冷たい目にさらされながら、日々暮らしています。家族はため息をつき、目をそむけ、語りかけることをせず、ときに爆発します。毎日まいにち家のなかをめちゃめちゃにして ! と怒るのは、感情です。とはいえ、暴力を振るってはいけないと、挙げかけた手を降ろさせるのは、理性です。無償の愛を注いでくれた親を見捨てるわけにはいかぬ、と判断するのは、倫理や規範です。

 

老いびとを施設に入れるのは、姥捨て山に置いてくる行為と同じ、と悩んでいる人がいました。お金の相談には乗るから、具体的なことはそちらでやってよ、と兄弟から一任された人がいました。多額の借金を抱えているから、親の面倒なんてムリムリ、と電話を切られた人もいました。

一方、「 施設入所となって以来、あれほどきつく当たっていた父に、いまはやさしく接することができる。ありがたい 」といってくれた、ご家族がいました。一定のクーリング期間を設けることで、お互いがうまくいくことは、よく経験するところです。

目次

生をめぐる雑文

新型コロナウイルス感染症

老いるということ

認知症

高齢者の終末期

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