数値では表現できない免疫力や自然治癒力
(老いをめぐる現代の課題 第1回)
- 老いるということ
医療用語のひとつに、コンプロマイズド・ホストがあります。
邦語を「易感染宿主」といい、
通常では感染しない弱毒菌に対して容易に感染して、
症状や臓器障害が起きやすい人をいいます。
容易に感染する理由は、免疫力の低下にあります。
高齢者、膠原病や後天性免疫不全症候群(AIDS)など
免疫疾患のある人、白血病など血液疾患のある人、固形ガンのある人などが該当します。
本来の力が10だとして、
それが3や2になっているときは「少ない」「低下している」などと呼ばれますが、
免疫力や自然治癒力は単なる数値として表示することができません。
免疫力や自然治癒力には「正しい方向を向いているか」が問われるためです。
正しい方向を向いていなければ、どれほど力が大きくても効果は望めません。
たとえば新型インフルエンザのときに話題になった用語に
サイトカイン・ストームがあります。
免疫担当細胞同士の間で飛び交う細胞間連絡物質(サイトカイン)が、
嵐(ストーム)のようにあちらこちらで氾濫している状態――それがサイトカイン・ストームです。
免疫担当細胞はフル稼働し、感染した宿主も免疫力や自然治癒力を持ち備えて人であるのに、
重症化して死亡するといわれます。
このとき免疫力は無方向に分散し、集約されることはありません。
力という点からみれば大変な力が作用しているわけですが、空回りしているのです。
ですから免疫力や自然治癒力を理解するには
“ベクトル”の考え方が便利です。
ベクトルは「向き」と「大きさ」を持っています。
免疫システムが正しい方向を向き、それ相応の大きさを持っているとき、
免疫力は「ある」と評価できます。
向きか、大きさか、またはそのいずれもが正しくなく不十分であれば、
免疫力は「ない~著しく低下している」と評価されます。
さて、高齢者には“やせ”や廃用症候群に伴い、筋肉の総量が落ちているケースがあり、
サルコペニアと呼ばれるようになりました。
栄養状態不良の寝たきり高齢者が代表です。
肉・筋肉を意味するギリシャ語のサルコと、
減少・消失を意味するペニアを結びつけたサルコペニアは1989年に提唱されましたから、
コンプロマイズド・ホストより新しい医学用語といえます。
高齢者の終末期医療を考えるとき、
これからは認知症やガンのみならず、
寝たきりやコンプロマイズド・ホスト、サルコペニアといった病態を施設でも理解し、
認識を共有する必要が出てきました――。
ベクトル(高校の数学テキストから)