高齢者の治療方針 変更された理由
(老いをめぐる現代の課題 第3回)
- 老いるということ
証拠はあるかと問われるとき、
近年はエビデンスという用語がよく用いられます。
その是非について、ここでは触れません。
ただ、これまでよかれと思ってしてきたことが、
どうもよくない方向に向いていたのではないかとの疑問が出てきたとき、
よかれと判断した根拠は? と問うとき、
エビデンスは一定の力を持ちます。
たとえば肺炎によって悪い状態に陥った高齢者が、
入院治療をして快復した場合、
抗菌薬による肺炎治療をし・な・か・っ・た場合のほうが、
治療した場合よりQOLがよい、もしくは治療してもしなくても変わらなかった
とするエビデンスが出てきました。
めでたく快復したことの“先”が、評価対象になってきたわけです。
それを受けて高齢者の肺炎については、
ADLなど日ごろの状態をよく吟味して、
治療するかしないかを判定するといった内容に、
日本呼吸器学会の肺炎診療ガイドラインが改定されました。
似た話は、糖尿病でもあります。
肺炎のニュースに先立つ5月20日、
日本糖尿病学会次学術集会の場で、
「高齢者糖尿病の血糖コントロール目標(HbA1c値)」が発表されました。
細かい数値は割愛しますが、
ここにも「高齢者では認知機能や基本的ADL(着衣、移動、入浴、排泄など)、
手段的ADL(買い物、食事の準備、服薬管理、金銭管理など)、
併存疾患なども考慮して治療目標を個別に設定する」との文言が並んでいました。
具体的には、特徴・健康状態によって、患者を3つの群に分類します。
カテゴリーⅠは、認知機能正常かつADL自立している例。
カテゴリーⅡは、軽度認知障害~軽度認知症があるか、または手段的ADL低下があるものの基本的ADLは自立している例。
カテゴリーⅢは、中等度以上の認知症があるか、または基本的ADL低下があるか、または多くの併存疾患や機能障害がある例。
カテゴリーがⅡやⅢになって、認知症など介護を要する度合いが増すにつれ、
糖尿病の血糖コントロールは“甘め”でも許されるといった治療方針です。
こうした結論に至った背景にも、以下のようなエビデンスが利用されています。
「ここ数年に発表された国内外の臨床研究から、高齢者糖尿病では厳格な血糖管理が認知機能や生命予後の悪化につながることが明確 になってきた。高齢者に対する一律的な7.0未満という目標には、大きな懸念が生じている」 (日本糖尿病学会理事長 門脇孝東京大教授)
ちなみに7.0未満というのは、血糖コントロール目標であるHbA1c値のことで、
就労年齢ではこのゾーンにあれば、コントロール良好とされます。
在宅であっても、介護スタッフが常駐する施設に入っていたとしても、
高齢者が健康を害すれば、医療機関を受診する行為は今後も続くはずです。
従来と異なることが発生するとすれば、
その人その人ごとの評価が受診先の病院で行われ、
「肺炎はあるが、積極的治療には及ばない」と告げられたり、
「薬を減らして、高血糖にしたほうがいい」と指示されるケースが増えてくる点でしょうか。
説明もなく、それらを唐突に告げられた家族は混乱し、医師の発言を快く思わないはずです。
混乱を防ぐには、
高齢者の治療方針については、大きな変更があったことをまずご家族にお伝えし、
高齢者施設の医療系スタッフが見極めた病態ベクトルと、
病院の医師が評価する病態ベクトルが一致している必要があります。
向いている方向にズレがあれば、治療以前の混乱は避けられないためです。