老いにまつわるアフォリズム
(老いをめぐる現代の課題 第6回)
- 老いるということ
齢を重ねた先人たちが、ふともらしたことば。
その多くは、こうならないようにとか、本当にそうかい?
などと、やや辛口で戒めた一文が多いようです……。
干渉好きの老人ほど、見苦しいものはない。(エピクロス)
二十代の頃より10倍金持ちになったという
六十代の人間を見つけることは簡単だ。
だが、そのうちのだれもが
10倍幸せになったとは言わないはずだ。(バーナード・ショー)
一方、現象論もよくみかけます。
われわれの年齢は植物のそれである。芽をふき、成長し、
花を咲かせ、しぼみ、そして枯れる。(ヘルダー)
若者は眠れば病が癒えるが、
老人はそのまま生を終える。(作者不明・スペイン)
さらに、ビンゴ! と叫んでしまいそうなものもあります。
長生きをしていると、
過去はがらくたの詰まった屋根裏みたいになる。
探しものをしに屋根裏へ行ってごらんなさい。
なんでもあるけど、
探しているものだけは見つからないでしょう。(クララ・ルイーズ・ケロッグ)
人生は道路のようなものだ。
一番の近道は、たいてい一番悪い道だ。(フランシス・ベーコン)
どうやって生きるかなんてことは、
誰も他人に教えられない。
それは自分自身で見つけるものだ。
自分の生きる人生を愛せ。
自分の愛する人生を生きろ。(ボブ・マーリー)
医学は現象論が土台ですから、
ヘルダーの観察眼や、スペインの箴言は得意としますが、
それ以外の意見は、すべて哲学です。
でも思想家や哲学者によってだけでなく、
齢を重ねた人たちだけでもなく、
36歳の若さで世を去ったボブ・マーリーのことばも
胸にズンと響きます。