中和抗体ができれば安心――ではない
2021年2月
- 新型コロナウイルス感染症
今回はちょっと長くなりますが、
感染を受けた場合、抗体ができれば安心できるかどうかといった問題について考えてみます。
感染症学では従来から話題になってきたテーマですが、結論を急げば、答はノーです。
第2回に続いて、大阪大・宮坂昌之先生の意見(Web講談社版)を紹介します。
集団免疫を考えるうえで、ウイルス特性は無視できない。たとえば麻しん(はしか)では、社会の9割以上が免疫を持てば感染を抑えることができる。麻しんワクチンの効力は非常に高く、2回の接種をすると約97%の人たちにウイルスの感染を抑える抗体(=中和抗体、あるいは善玉抗体)ができて、それが20年以上持続する。つまり麻しんでは、抗体の獲得そのものが免疫の獲得であり、それが長続きする。このような状況だと、当初の集団免疫の定義のごとく、個人が一度免疫を獲得すると社会では免疫保有者の割合が増えていき、やがて集団が守られるようになる。
しかしそれ以外のウイルス疾患の場合、抗体産生=免疫獲得とはならない。たとえば、エイズ(HIV感染症)が良い例。HIV感染者(エイズ)の体内では抗体ができて、これが感染していることの目印にもなる。けれども感染者でできている抗体を試験管内でエイズウイルスに加えてもウイルスを殺すことはできず、ウイルスの活性はほぼ変わらず衰えることはない。抗体ができていても、ウイルスの機能を抑える“中和抗体”ができているとは限らない。
ウイルスを殺せない、いわば「役なし抗体」ができているようだと、抗体がいくらあっても免疫があるとは言えない。つまり抗体産生=「抵抗性の獲得ではない」であるなら、集団免疫獲得の有無を調べるために抗体の陽性率を調べるのは、どれほどの意味があるのだろうか疑問。
麻疹(はしか)ワクチンは、
1966年から不活化ワクチン(K:killed vaccineの略)と
生ワクチン(L:live vaccineの略)の併用法(KL法)によって
接種が開始されました。
しかし不活化ワクチンを接種した後に自然麻疹に感染すると、
四肢末端に強い発疹が出たり、肺炎と胸膜炎の合併などを特徴とする
異型麻疹の発生が問題になりました。
さらに不活化ワクチンを先に接種した場合、
生ワクチンによる抗体獲得が見られないケースが出てきたことなどから
KL法(不活化ワクチン)は中止となりました。
1969年以降は
高度弱毒 “生”ワクチンの単独接種に切り替えられ、現在に至っています。
新型コロナワクチンは生ワクチンでなく、
mRNA(メッセンジャーRNA)ワクチンと呼ばれるものです。
新型コロナウイルスの名前の由来である
スパイク(王冠周囲の飛び出た部分)のタンパク質設計図を利用しています。
新型コロナワクチンが接種されると、
取り込まれたmRNAの設計図をもとに、接種されたヒトのなかでスパイクタンパク質が合成されます。
新規に合成されたスパイクタンパク質は、もともと人体にはない要素なので、
その特徴を免疫細胞に覚えさせることで、本当のウイルスが侵入してきたときに
総攻撃を仕掛けて撃退できるといったメカニズムが期待されています。
ワクチン接種によって、ウイルス本体が作られることはないため、
接種によって新型コロナウイルス感染症を発症することはありません。
これまで生産されてきた新型コロナウイルスmRNAワクチンは、
すべて抗原として新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のスパイクタンパク質を利用しています。
……課題が明らかになってきたように思います。
新型コロナワクチンを接種することにより、
「中和抗体=善玉抗体」はホントウに産生され、
しかも中和抗体=感染をブロックする力は、どれくらい続くとみてよいか?
といった疑問が、もっとも興味ある点です。
接種が始まった新ワクチンにより、中和抗体が産生されているとの報告がさっそく出てきました。
あとは、持続時間です。
新型コロナウイルス感染症では、
せっかく生まれた中和抗体が、奇妙なことに数か月のうちに消えているといった報告があります。
生ずる抗体と消えゆく抗体――この点がきちんと説明されるようになれば、
ワクチン戦略の展望は開けてくるでしょう。