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浜辺の診療室から

スパイクタンパクの形状変異が多彩なオミクロン株とワクチン
2022年5月

  • 新型コロナウイルス感染症

新型コロナ感染症(COVID-19)に関してしばしば質問を受けるのは、ワクチンについてです。三回目は打つべきか、打ったほうがよいか、これからも四回、五回と続くのかといった問いかけはかなり受けました。

ワクチンは国が主導している事業ですから、厚労省や県のQ&Aを参照してくださいとお伝えするのが正しいのでしょうが、実際のところは限界があると感じています。たとえば先日、小児のワクチンについて迷っている親たちに対し、「インターネットなどの噂話に振り回されず、国や自治体の科学的根拠のある情報をもとに判断してほしい」といった意見が新聞に載りました。(「子供へのワクチン、判断揺れる親 5 ~11歳接種本格化へ」web産経新聞 令和4年2月28日)

けれども小児のみならず成人に対しても、ワクチン接種に対する科学的根拠はオブラートに包まれたように核心がぼやけたままで、実施についてもイメージ戦略に留まっている印象を受けます。

 

コロナの全容はみえていませんから、半年前の指摘は誤っていたといった事態が日常茶飯に起きています。そうした前提に立って、問われるテーマについて、現時点でのお応えを試みようと思います。

 

 

第6波までの総括

『「エラーカタストロフの限界」を超えるコロナウィルス変異への対応』(2021年8月24日 児玉龍彦先生論文)から 抜粋引用

新型コロナウィルスは当初、一本鎖のRNAウィルスとしては遺伝子の変異のスピードがインフルエンザやHIVより遅く、毎月2-3カ所くらい、1年で20カ所をやや上まわると考えられたため、ワクチンや抗体医薬品の効果や、ワクチンによる集団免疫が期待されていました。
しかし、中国から中東を経てヨーロッパに広がった新型コロナウィルスは、スパイクタンパク質の614番目のアミノ酸がアスパラギン酸(D)からグリシン(G)に変化しているG614D変異株で、感染したあとの増殖スピード速いといった特徴がありました。

この変異株は、2020年4月にアメリカの西海岸から東海岸にあっという間に広がり、日本にも2020年の5月には最初の感染の波をもたらし、その後の変異株の「幹ウィルス」ともいうべき多くの変異の根源となっています。2021年6月に、WHO(世界保健機関)は、「懸念される変異株(VOC)」としてアルファ株(英国)、ベータ株(南アフリカ)、ガンマ株(ブラジル)、デルタ株(インド)というように、危険有害性の高い変異株にギリシャ文字を頭につけた呼称を与えました。

オミクロン株は、懸念される変異株(VOC)として5番目に指定されたことになります。

2021年8月時点までで最も深刻な広がりを見せているのはインドで発見されたデルタ株で、ワクチンをブレークスルーする率も高く、感染の広がりも早く広範であるため非常に懸念されています。

 

新型コロナウィルス感染症では、発症した後7日から14日目でウィルスが消失し始め、抗体が血液中に出てくるようになって急激に重症化する感染者が多いとされます。その理由は、ウィルス自体が増えて呼吸不全が起こるというよりも、サイトカインストーム(免疫系の嵐)と呼ばれる免疫暴走が深く関わっていると考えられています。高齢者や、基礎疾患があって免疫力が弱い人では、ウィルスが体内で増えたあと抗体が出てきて免疫暴走が起こると重症化しやすいのです。一方、感染している細胞が体内に多く生ずると、基礎疾患のない健康な若い人でも重症化することがあります。

つまりこれまでのまとめでは重症化する例には2つのタイプがみられ、ひとつは高齢者や免疫弱者でみられるように抗原(ウイルス)が少なく抗体が多い免疫暴走タイプであり、もうひとつは若い人にもみられるように抗原(ウイルス)が多く、感染している細胞が多いタイプであるということです。

 

また感染しても無症状の感染者では、抗原(ウイルス)の量が一般に少ない特徴がある一方で、できてくる抗体の量は低い人から高い人までさまざまであり、無症状の人であってもそのうち軽い症状がみられるようになると抗原(ウイルス)量は増えていることが、国内7大学の調査などからわかってきました。

 

オミクロン変異株の特徴(日本医学臨床検査株式会社のHPから)

図の左は、原型の新型コロナウイルスの構造です。

冠(かんむり)の部分にあるスパイクタンパクに変異が起こると、右の2つのようなかたちになります。過去の感染や、ワクチンなどで得られた抗体の効果が薄れる理由の説明図です。

 

 

下の図は、懸念される変異株(VOC)として5番目に指定されたオミクロン変異株です。

・ 過去の感染やワクチンによってできた抗体が、結合しにくくなる といった特徴と、

・ ヒトの細胞に侵入しやすくなり、感染しやすくなった との説明があります。

 

 

 

現状解析からみえてくる対応の方向性

最初にお断りしておきますが、以下は論文や原著ではありません。パブリッシュを前提としていない単なる医療系コラムです。牛乳に対する加工乳や乳飲料、あるいは医薬品に対する医薬部外品のように、科学的根拠や確からしい情報といったピュアな素材に論考を加えてブレンド加工した読みものとご理解ください。

 

 

新型コロナウイルスは増殖するときに、コピーミスが頻繁に起きます。複製を繰り返しても、金太郎飴のように自分と同じものが次々と出てくるなら、話は単純です。

しかし複製を重ねる途上で、顔じゅうヒゲだらけの金太郎や、20年後の金太郎などがあれこれ出てきます。似てはいるがちょっと違う金太郎や、面影すら残っていない金太郎が相次いで生まれてくるわけです。第6波を作ったオミクロン株も、その亜型のBA.2(俗称ステルスオミクロン)も、コピーミスから生まれました。

 

オミクロンBA.2は、従来のオミクロンBA.1と比べて感染力が強いとされます。病原性つまり重症化するリスクについては、動物実験レベルでは高いとの報告がありますが、ヒトではまだデータがありません。

新型コロナウイルス感染症が流行り始めたころ、一度罹ってしまえば抗体ができるから、病院でも他の職場でも、すでに感染した人が第一線に立つことになるだろうと語った識者がいました。

コロナの概要がおぼろげに見えてきたいま、そうしたことを口にする人はいなくなりました。

 

 

さて、スパイクタンパクの形状変異の多彩さから、抗体カクテル療法と呼ばれる中和抗体薬(商品名ロナプリーブ、カシリビマブとイムデビマブといった2つの抗体が含まれる)はオミクロン株には効果が見込めず使用しないとの発表が、2021年末に厚労省からありました。

原型コロナが持つスパイクタンパクをヒトの体内で量産し、それに対する抗体を自前で作ろうと仕掛ける作戦が現行のワクチンであり、原型スパイクタンパクに対する2つの抗体を人工的に作って製品化したものが中和抗体薬です。どちらも原型スパイクにしっかり「くっつく(中和する)」ことで、スパイクが体内の細胞にへばりついて侵入する行為を許さない“抗体”がカギを握っています。

そうであれば、原型スパイクから大きく形状変化をきたしたオミクロン・スパイクタンパクに、既存抗体が「くっつけない」のは、むしろ自然なことです。ワクチンでも中和抗体薬でも、そこにみられる“抗体”は、変異を遂げたウイルス(抗原)とは、ほとんど反応してくれないということです。

 

 

これまで何度か新型コロナウイルス感染症にかかった人でも、オミクロンには容易に感染します。

ワクチンで得られた抗体や、感染することで生まれた抗体をあざ笑うかのように、オミクロンはいとも簡単に侵入して感染を成立させます。ワクチン接種を終えていても結局感染してしまう現象(ブレイクスルー感染)がそうです。

繰り返す複製によってスパイクタンパクに多彩な変異が起こるのであれば、ブレイクスルー感染が示したとおり、現在行われているワクチンだけで、この感染症を乗り切ることは難しいはずです。

 

そういえばオミクロンによる第6波が急激に押し寄せてきたとき、三回目のワクチンを急ぐべきとか、ワクチン接種が遅れれば遅れるほど感染は収まらないといった意見が、あちらこちらで聞かれました。一定の予防効果が期待できるほか、重症化を防ぐ効果もあるというのが“科学的根拠”でした。

一方で、変異が大きい株は大流行を起こすものの、相次ぐ変異が起きなければ自然に消えていくといった専門家の意見は、以前からありました。一見派手にみえる変異株は、大流行を起こしてもワクチン接種率とは無関係に、そのうちしぼむように終息するだろうといった指摘です。報道番組のなかで意見を述べていたのは、冒頭の論文を発表された東京大学先端科学技術研究センター名誉教授で、同センターのがん・代謝プロジェクトリーダーでもある児玉龍彦先生です。

いうまでもなくこちらの意見にも、先端科学技術に裏打ちされた科学的根拠がありました。

 

第6波の後半で、さらなる変異をしたオミクロンBA.2が出てきたことから、終息が間延びすることはあるでしょう。またそうした間にも、変異株が新たな変異を遂げる可能性だって否定はできません。第6波がしぼむように終息しても、また間延びするような終息を辿ったとしても、あるいは逆に第7波にそのまま移行していったとしても、その終息や再燃をワクチン接種の効果と結び付けて説明しようとすればするほど、科学的根拠のない話になってしまう気がします。なぜならオミクロンのように、いくつかの新規変異株では、既存ワクチンの効果が期待できない可能性が出てきたからです。

 

 

今後の4回目接種については、米国の医療の専門家と当局者の間で意見が分かれているようです。

これまで得られたデータからは「すべての成人に最初のブースター接種(通算3回目)が必要」とする一方で、2回目のブースター接種(通算4回目)については「それほどの説得力がない」とする意見もあるとForbes Japan(2022.3.25)は伝えています。

ところで、3回目のワクチン接種を受けた医師40人を調べたところ、オミクロンBA.2株に対する中和抗体量が大幅に増えたとの報道が4月にありました(4月4日朝日新聞)。このことは3回目ワクチン接種を進めていけばBA.2に感染する人の予防が期待されることになります。同時に、ワクチンによる中和抗体効果が期待薄のためブレイクスルー感染を起こしてきたオミクロン株への説明ができなくなってきます。これまでの理論に誤りがあるのか、それとも変異株№1、№3、№5にはワクチンによる中和抗体が期待でき、№2、№4、№6には期待できないといった話になるのでしょうか。

なおワクチンに使われるスパイクタンパク質の素材は、原型である武漢スタイルの配列に代わって、デルタ株の配列をベースにしたワクチンの開発も始まっているようです。

 

 

かつて新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、抗体を持った人が約8割に達したところで集団免疫が成立し、感染は終息するだろうと語った専門家がいました。ワクチン接種率が8割を超えると、抗体を持った人は8割を超えてきます。日本の場合、ワクチン接種率は2回目を終えた人が8割を超え、3回目を終えた人も5割に達したとの報道(首相官邸)が、2022年の4月下旬にありました。

だとすれば感染は、近い将来終息すると期待してよいのでしょうか。

 

あたりまえのことですが、感染した場合は感染を引き起こしたウイルスに対して中和抗体を含んだ複数の抗体が生まれます。ウイルスを構成するいくつかのコンポーネントに対して抗体が産生されるわけです。中和抗体は、表層部分(スパイクタンパク)に対する抗体です。

一方ワクチン接種の場合は、原型ウイルス(武漢スタイル)に対する中和抗体だけが生まれます。

ワクチン接種が進むということは、日本全体で武漢スタイルに対する中和抗体を持つ人が増えていくということです。

しかし自然感染でもワクチン接種でも、生まれた抗体は意外に短時間で減っていきます。ですから新型コロナワクチンの場合、ブースターという追加接種が必要になるのでしょう。けれども既存の予防接種でいわれてきたブースターは、初回と二回目を行い、半年ほど経って三回目を接種すると、その効果は複数年に渡って有効といったパターンでした。

今回行われているmRNAスタイルのワクチンは、ブースター効果を狙って複数回接種したあと毎年の接種が必要などといわれています。そうなると、既存の予防接種のイメージとは大きく異なります。

そのような視点に立って新興感染症とそれに対する治療薬を眺めてみると、不確定要素があまりに多いだけに、終息に対して楽観視するのは早すぎる気がします。

 

ちなみに冒頭で紹介した児玉先生の『「エラーカタストロフの限界」を超えるコロナウィルス変異』というタイトル。この「エラーカタストロフの限界」とは、ウイルスのコピーミスがウイルス自身の生存に必要不可欠な遺伝子にまで及んでしまうと、もはや複製コピーができなくなって増殖に歯止めがかかるためにウイルス自体が自壊し、ウイルス感染症が終息するという理論です。

変異つまりコピーミスの多いコロナウイルスは、この理論による消滅終息が期待できそうにないため、どう対応すればよいのかといった考察がタイトルになっている点からも、まだ先が読めない段階にあると思っていたほうが無難でしょう。

 

 

SARS(重症急性呼吸器症候群)ウイルスや MERS(中東呼吸器症候群)ウイルスのように、新興感染症のウイルスは忽然と消えることがあるようです。

新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)はどういう消え方をし、COVID-19はどういったシナリオによって終息への道が開かれていくのでしょうか……。これまでの感染症と大きく異なるのは、個々人が持つ奥深い免疫の潜在能力に対し、初期感染スタイルを基にしたワクチンで繰り返し上塗りしている点です。本来なら多様性を持っている免疫能は、大々的にかつ一斉に行われている予防的接種行為によって、共通に右向け右をするようになっていくのでしょうか。

 

初期の防衛スタイルがのちの防衛スタイルを阻害するという抗原原罪(最初に接触のあった抗原X0に反応できた記憶が強すぎたり、反応が維持継続することで、似て非なる抗原X1やX2やX3などが入ってきても、それらに対する的確な反応ができなくなる現象→コロナの場合、武漢型がX0で、オミクロンなどの変異株がX1やX2やX3と考える学説あり)は、免疫反応では普遍的にみられる現象です。

コロナにもその理論が当てはまるのだとすれば、ワクチン主導のコロナ戦略は曲がり角にきていることになります。これまでも想定外のできごとだらけだった新興感染症だけに、個々の免疫対応がどういった方向に導かれていくかは、結果を見守るしかありません。

感染者が減ると、一斉に手綱が緩められるといった方策はこれからも取られるはずです。こうした方策も結果を重視し、何が適切で何がいけないのかを冷静に吟味していく必要があるでしょう。

 

 

 

新興感染症では、感染症の概念を超えた想定外のことがしばしば起きます。たとえばコロナ・オミクロン株によるブレイン・フォグ。脳に霧がかかった状態という意味の後遺症は晩発性に生じ、倦怠感が強く、思考力や集中力が低下する症状が長引きます。

全体像が見えず未知の要素が多いなかで、実情に即した手を打っていかねばならないのも新興感染症の難しいところでしょう。治療法が確立するのは先の話ですから、予防重視の視点から感染しないための努力を惜しまない姿勢が大事になってきます。手洗いの励行やマスクの有効活用のほか、職場の昼食時や会食などでは黙食を守る、換気のよくない場には長く留まらないなど、もはや言い古された感のある基礎事項は出尽くしています。

反面、介護施設におけるマスク着用での夏場の入浴介助や、炎天下の建設現場などでは熱中症のリスクが増します。蓄積されたノウハウをどう取捨選択するかは現場判断になってきますが、自分の身は自分で守るしかありません。その場その場での対応手段は人任せにすることなく、自ら考えて取捨選択するしかないのでしょう。繰り返しますが、感染しないための努力を惜しまないこと――新興感染症対策として求められる姿勢は、その一点に尽きます。

 

予防が治療に先立つ点は、感染症も生活習慣病も同じです。治療には薬が用いられますが、薬はすべての人に万能というわけではありません。たしかに薬学や医学は発展し、少なくともニッポンは不衛生だった時代からの脱却に成功しました。

ですが100年に一度といわれる新興感染症に対しては、戸惑いのあとに訪れた場当たり的な姿勢と、先端技術を駆使して出てきた薬品類にすがりつく姿勢ばかりが目立ち、気になっています。

現代人はややもすると、ワクチンも抗ウイルス薬も万能で・は・な・い点を忘れつつあるのかもしれません。薬は古来から病者に向けた奥の手であり、その立ち位置は現代もなんら変わっていないのだろうと改めて感じています。

目次

生をめぐる雑文

新型コロナウイルス感染症

老いるということ

働き方(労働衛生)

認知症

高齢者の終末期

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