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浜辺の診療室から

お盆

  • 生をめぐる雑文

白い大きな提灯は

あちらの世界に行かれた人をお迎えする提灯

ほんのり明るいのは

おうちがわかりやすいように……

新盆にだけ用いられる提灯だと聞いた

それがふたつ

土間に面した和室の隅で 静かに揺れている

 

あと少し

もう少しだけ生きたかったな……

あいつは ぽつり

そういった

終末期だけれど

まだ家での生活ができている時期で

痛みもどうにかコントロールされていた

 

自由がきかない病院はイヤだからと

最後の最後まで

あいつは 家族のいる家を選んだ

みんなでできる何かってないかな……

あいつが探し当てた任天堂の人生ゲームを

いつからか家族全員で楽しむようになった

 

当初は 日に何度だってできていたのが

気がつくと 日に一度だけになり

やがて 日に一度もできなくなり

ふと ふたりだけになったとき

照れ笑いみたいな顔になって

あいつは ぽつり そうつぶやいた

 

27歳という齢は

短すぎた

生き急いだのではないだろうが

たしかに短すぎた

そのくやしさは

たぶん誰にもわからない

 

親しかった家族の一員を失った痛み

それは たしかに痛いけれど

親しかった家族と呼べる家族が持てたことを

うれしく思う

家族だからといって

誰もが親しいわけじゃない

そうした話は 幾度となく聞いたことがある

 

 

ストレス・マグニチュードは

連れ添った人や

子どもと呼べる人を亡くしたときが

一番 重たいらしい

どちらも経験したけれど

甘く せつない思いって

だからこそ年を重ねても

褪せない気がする……

 

長い長い時間をかけて

痛みは ほろ苦いやさしさに変わり

忍耐や寛容の大切さを教えてくれる

寝かせることで芳醇さが増していくなら

ワインや焼酎とおなじだ

 

人生ゲームを興じた

任天堂スイッチのスティックは

うっすらホコリをかぶっている

階段越しに

大きな声で呼ばれていた あいつの名も

いまとなっては聞こえない

 

生き残されたけれど

もうしばらく

一緒に生きていくことになった者同士で

今宵 しずかに …… 献杯

 

目次

生をめぐる雑文

心療内科

働き方(労働衛生)

高齢者の終末期

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