ムセ込みや誤嚥について
このところ食事すると、ムセることが増えてきました。誤嚥性肺炎ということばをよく聞きますが、誤嚥しているということでしょうか。肺炎になっていないか心配です。
ムセることや誤嚥についてのお話を希望します。
はじめに ムセは生体反応、誤嚥はムセないときに起こる
まずムセることと、誤嚥して肺炎になることは別の事象です。ムセは、身体がみせる防御的反応です。一方、誤嚥することは、ムセが不十分もしくはみられないまま本来入ってはいけないゾーンに食物や唾液が入り込む現象です。その結果、肺炎が起きたりします。
似ているものの別事象であることは、たとえば年相応のもの忘れと、認知症の関係に似ています。
高齢者になると、若いときとちがって、ちょっとしたことを忘れやすくなります。これが年相応のもの忘れです。たとえば昨日の夕食のメニューを問われて思い出せなかったけれど、「ほら揚げものがあったでしょ」などのヒントを与えられると「そうだ、カキフライとサラダと……」と思い出せるのが、年相応のもの忘れです。
一方の認知症は、脳の萎縮が病的に進んだ結果としての病気です。
認知症にみられるもの忘れは特徴的で、たとえば昨日の夕食のメニューを問われても「夕食は、昨日もおとといも食べていない」とか、「わたしだけ、もらえなかった」とか、「そんなこと、どうでもいいよ。いちいち覚えていられないから」などの答が返ってきます。
ムセも誤嚥も、本来なら入っていけない気道というゾーンにモノが入り込む点は似ています。
けれども、生体に備わっている反射的防衛システムが作動して起こるのがムセであるのに対し、誤嚥はこの反射的防衛システムが作動せず、むしろムセ込まない場合に起こります。多くは不顕性誤嚥で、ムセた覚えがないのに唾液などを誤嚥しています。寝たきりの高齢者では、誤嚥が習慣性になっているため、肺炎つまり誤嚥性肺炎が起きやすくなります。
さて、目の前の人が急にムセ始めたら、あなたはどう対応しますか?
正解は、連続して咳き込むよう促すことです。そしていますべてが出てこなくても焦らず、ちょっと時間をおいてまた咳をするよう諭してください。後半で触れるように、気道には迷入したモノを上へ上へと移動させてくれる装置があるからです。いま出なくても、10分もすれば 咳込むことで容易に喀出され、スッキリしてくるでしょう。
それでもうまくいかず、そのうちノドを両手で押さえる格好になったら要注意。これはチョークサインと呼ばれ、全世界共通にみられる窒息状態にある人のしぐさです。
窒息に移行してしまった場合の対応は、2つあります。
ひとつは背中を叩く方法(背部叩打法:タッピング) であり、もうひとつは腹部突き上げ法(ハイムリック法)です。
以前は、まずハイムリック法を試み、それでうまくいかない場合はタッピングといわれていました。
しかしその後、諸事情により対応順序が変わり、現在ではまず背部叩打法を試み、5回ほどやっても効果が見込めない場合は速やかに腹部突き上げ法をするといった手順になりました。
名称も背部叩打法、腹部突き上げ法が一般的になってきました。
あああ 《背部叩打法》 ああ 《チョークサインがみられたら、背後に回って腹部突き上げ法》
背部叩打法(タッピング)とは、前傾姿勢で支えながら、左右の肩甲骨に挟まれた真ん中をドンドンと叩く方法です。
腹部突き上げ法(ハイムリック法)とは、後ろから羽交い絞めにするような恰好で、みぞおち部分をぐっと持ち上げる方法です。横隔膜を圧迫することで肺も圧迫され、空気圧により気道の異物が排出されやすくなります。10行ほど下の部分に、説明を加えておきました。
なお小児や妊婦、肥満者では、腹部突き上げ法は不適切です。
また近年は、腹部突き上げ法は不用意に行うと腹部臓器を損傷するおそれがあるとの理由から、オーストラリアなど推奨しない国も出てきました。
掃除機を使って吸引するのは、一般的にはよくないとされます。しかし腹部突き上げ法で効果なく、救急車が来るまで時間がかかりそうといった状況では、禁忌とはいえません。推奨されていないとはいえ、近くにあった掃除機により救命されたとの報告もあります。
やむなく掃除機を使うときは焦らず、スイッチは「オフ」の状態で口の中へ吸引部分を入れ、中央まで進入させたところで、スイッチを「オン」にしてください。スイッチオンのまま口のなかに入れると、まず頬に張りついてしまうからです。
参考)腹部突き上げ法(ハイムリック法)
①腹部を突き上げて異物を取り除くことを患者さんに説明します
②患者さんの背後に立つか、片膝をついて患者さんの腹部付近に手を回します
③両手を患者さんの臍部直上の腹部に回し、片手で握りこぶしを作ります
④こぶしをもう一方の手でつかみ、下から素早く突き上げるように腹部をこぶしで押します。剣状突起(胸骨の下縁で、みぞおちの中央上部にある)や胸骨の真下を圧迫しないように、注意しましょう
⑤異物が気道から排出されるまで、または患者さんが反応しなくなるまで突き上げを繰り返します
⑥意識がなくなったら、直ちに心肺蘇生の手順に移ります
前置きが長くなりました。
ここから本題に入ることにします。
1.ムセが起こる理由
のどの奥は、縦に長い管のような構造になっています(図1)。
縦に長い理由は、人間が他の動物とちがって声を出す動物だからです。
この笛の胴に似た部分で音を共鳴させて、様々な種類の声を出すことができます。
あいう図1《ムセに関係する ノドの奥の構造》
図2は、声を出す部分を説明した図です。鼻の奥には咽頭と呼ばれる部分があり、そのさらに奥(下)に喉頭と呼ばれる部分があります。この部分は声門とも呼ばれ 声帯があります。
この声帯を空気で震わせることにより、声や音が生まれます。
あい図2《声門の部分に「声帯」がある》
図3をみてみましょう。
口から入った食べものは、まず咽頭に入っていきます。一方、鼻や口から入った空気も、咽頭に入っていきます。つまり咽頭という部分は食べものも空気も共通した通り道ということになります。
図3では、青色が空気の通り道、赤色がたべものの通り道です。
声門までの部分が長いため、飲み込んだ食べものが通るときに、誤って呼吸をするための管(気管)に入ってしまうことがあります。そうなると、息ができなくなります。
また、 その先にある肺に入ってしまうと肺炎(誤嚥性肺炎)になってしまうため、“異常” を感知すると、咳き込むことで勢いよく空気を吐き出して、食べものを外に出そうとします。
この勢いよく空気を吐き出す行為が「ムセ」です。
あ図3《食べものと、呼吸時の空気の通り道》
2.ムセは、生体防御反応 → 正しくムセるために必要なこと
自分の体を守るための「ムセ」ですが、上手にムセるためには、いくつか必要なことがあります。
❶ 食べものが誤って入ってしまったことを感知する装置
のどの奥の感覚は、口の中の感覚とは異なります。口の中では食べものがどこにあるのかわかります。これは位置を知るための感覚です。しかしのどの奥では、食べものがどこにあるかはわかりません。ただし食べものがどのくらい入っているかとか、呼吸をじゃまするような場所に食べ物が入っているかどうか程度なら、感知できます。食べものがいっぱい入りすぎて息ができなくなったり、呼吸をする管に食べものが入って詰まってしまったら危険ですから、のどの奥の感覚は危険を検知するためのセンサーといえるでしょう。
この感覚の強さは、場所によって異なります。
長い管の一番手前にある咽頭と呼ばれる部分––そこは食物と、呼吸するときの空気の双方が共通して通る場所なわけですが、そこが一番弱く、その下の喉頭と呼ばれる呼吸するための管の入り口手前だと、もう少し敏感になります。
最も敏感になるのは、一番奥の呼吸をするための管の中です。この敏感さによって、「ムセ」の強さも決まります。気管まで食べ物が入ってしまうことを「誤嚥」と言いますが、この時は激しくムセます(図4)。
気管の手前で誤嚥しそうになったことを検知して咳き込む場合は、もう少し穏やかな「ムセ」が生じます(図5)。
あい図4《誤嚥した場合は、激しくムセ込む》 図5《気管の手前だと、穏やかにムセる》
❷ 危険な感触を処理して、ムセるよう指令する中枢
大脳から下に伸びていく脳に延髄と呼ばれる部分があります。嘔吐、嚥下、唾液、呼吸および循環、消化の中枢が含まれ、生命維持に不可欠な機能を担っている場所です。
のどの奥の危険を知らせる感覚は、この延髄に伝えられます。するとそこから指令が出て、肺の周りにある筋肉を強く勢いよく収縮させ、肺から空気を押し出して、強い空気の流れを作ります。この空気の圧で、間違った場所に入ったり、つまってしまった食べものが押し出されます。この強い空気の流れを作る動作が「ムセ」です。
❸ 空気の強い流れを生み出す筋肉
肺は両側を肋骨に囲まれ、下のおなかに近い部分は横隔膜という筋肉でおおわれています。横隔膜は息を吸うときには収縮しますが、息を吐くときには緩みます。おなかの前にある筋肉は、逆に強く収縮するとおなかの中の圧が大きくなり、肺を圧迫して空気を押し出す作用があります。
肺を囲んでいる肋骨にも筋肉が付いていて、この一部も息を吐くときに働きます。これらの筋肉が上手に協力して緩んだり、縮んだりしないと、息を強く吐き出すことができません。つまり息を強く吐き出すことができないと、正しく「ムセる」ことができません。
3.最も危険なこと……それは、ムセがないまま食べものが気管に入ってしまうこと
上に述べた3つの条件が全部そろって、はじめて合目的に「ムセる」ことができます。
さて高齢になると、のどの奥の感覚が徐々に鈍くなってきます。一見何もないようなお年寄りを病院で検査しているとき、のどの奥にたくさん食べものが溜まっているので「いま食べたものを、全部飲みましたか?」と聞くと、「ちゃんと飲んだ」と答える方が、じつはたくさんいらっしゃいます。
また脳卒中などの脳の障害の初期では、延髄を含めた脳全体の機能が落ちているため、気管に食べものが入ってもまったくムセないときがあります。自宅や施設で、お年寄りがお餅や里芋を食べて、のどの奥に詰まらせてしまうのは、息を吐き出す筋肉の力が弱っていることが多いようです。
自宅や施設で食事中によく「ムセる」お年寄りを、ご家族や介護スタッフが病院に連れてこられることがあります。このような場合、「ムセる」原因として多いのは、水分を上手に飲みこめずに、空気の通り道に入ってしまうケースです。水分は、のどの奥を通過する速度が速いので、筋肉がそれに対応できずに、ムセてしまうわけです。
検査で嚥下に難があると確認された例では、「とろみ」をお茶や、汁物につけていただき、のどの奥を通過する速度を遅くすることでムセが大きく減ります。つまり、「ムセる」ことができるお年寄りは、一気に誤嚥とはならないため、対応の手立てがあるといえます。
むしろ問題なのは、感覚が鈍っていたり、脳の機能が落ちていて、「ムセる」ことができないケースです。こうした例に頻繁に起こる誤嚥は「不顕性誤嚥(ムセのない誤嚥)」と呼ばれます。
下のレントゲン写真では、向かって左(本人としては右)肺の下のほうに雲のようなもやもやした陰影があります。これが肺炎の像です。
誤嚥性肺炎かどうかは、どういった状況で発熱したかや、事前に風邪めいた症状(気管支炎)がなかったかどうかを聴取したうえで、胸部CT検査をすることで明らかになってきます。
よく起こる誤嚥性肺炎は、この写真のように右肺の下部です。
《気管支は右のほうが急角度で下に落ちていくので、誤嚥性肺炎は右肺に起こりやすい 図の矢印》
誤嚥性肺炎では、食べ物だけでなく、本来なら無意識に飲み込めているはずの唾液も誤嚥しているため、口の中にいる細菌によって肺炎が起こります。口腔内を清潔に保つための日常的な口腔ケアが大事といわれる理由は、そこにあります。
4.誤嚥しないために普段からできること
年をとるにつれ、飲み込みに関するトラブルは、残念ながら増えていきます。
ここからは、役に立ちそうな習慣を列記してみました。
★ ガムをかむ習慣をつける
ガムを噛む習慣は、高齢者の誤嚥性肺炎の予防にもつながります。理由は、十分な量の唾液分泌が確保されるようになり、消化力のアップも期待されるからです。
また咬筋が鍛えられることで口咬力が鍛えられるため誤嚥しにくくなるだけでなく、脳内の血流が良くなるため脳の働きが活性化されるほか、ストレスに反応して分泌されるホルモンが減少するため心身がリラックスするといった副次的効果も望めます。
人前でガムを噛んでいるのは行儀が悪いと感じてしまうなら、コロナ以降マスク着用者も増えていますから、マスクをしてみてはどうでしょう。
★ 横向きになって寝る習慣をつける
誤嚥性肺炎の原因の多くは食事中以外の唾液誤嚥が原因であるため、口腔ケアのほか、側臥位(そくがい:横を向いて寝た状態)で寝ることが、誤嚥性肺炎予防においては効果的とされます。
誤嚥性肺炎の原因といえば食事中の食べものによる誤嚥だと思っている方が多いと思います。
しかし繰り返して記してきたとおり、誤嚥性肺炎の原因として多いのは、食事中の食べものの誤嚥ではなく、食事中以外の「唾液の誤嚥」です。もちろん食事中の食べものの誤嚥によっても誤嚥性肺炎は発症しますが、頻度として多いのは食事中以外の唾液の誤嚥であり、特に就寝中の唾液誤嚥が圧倒的に多いのです。
あまり知られていなかった唾液誤嚥について、もう少し詳しく説明しましょう。
就寝中は健常な若者の場合でもごく少量の唾液(0.01〜0.2ml)を誤嚥していることがわかっています。さらに約50%の方は、唾液の「不顕性誤嚥(ふけんせいごえん:ムセない誤嚥)」が起きているともいわれています。
にもかかわらず誤嚥性肺炎が容易に起きない理由は、ふたつあります。
まずひとつは、個々に備わっている免疫力が挙げられます。わたしたちの体には、病原体を駆逐する免疫機能があります。少量の病原体であれば、それが細菌であってもウイルスであっても駆逐することができます。しかし多量の病原体が一気に入ってくると免疫応答が間に合わず、あっという間に病原体が広がります。広がる場が呼吸器系なら気管支炎や肺炎が起き、尿路であれば膀胱炎や腎盂腎炎が起きるわけです。
もうひとつは、気道に備わっている線毛細胞です。気道というパイプに何かがあると、それを上へ上へと押し上げてくれる装置があり、線毛細胞がこの仕事をしてくれています。誤嚥したときも、また肺に痰が溜まったときも、この装置があるため、強く咳き込むことで、誤って入り込んだ“何か” は、口から喀出されます。
鼻からノドまで続く粘膜にびっしりと生えた「線毛」は、1秒間に15~17回程度の速さで波打つように小刻みに動いています。この動きは線毛運動と呼ばれ、下から上にモノを移動させる物理的バリア機能といえます。
鼻腔やノドの表面を覆う粘液に捕らえられた病原体は「線毛」によって生じる粘液の流れに取り込まれ、咳や痰(たん)とともに体外へ排除されたり、唾液と一緒に飲み込まれ胃液で分解されます。
ともあれ嚥下(えんげ)機能が低下した方や高齢者では、かなりの確率で就寝中に唾液を誤嚥していると考えられています。唾液には1ml中に約1億個の口腔内細菌が含まれているため、それが誤嚥によってダイレクトに肺に入り込むと誤嚥性肺炎が起きるわけです。
誤嚥性肺炎は食事中の食べものによって起こるというイメージがどうしても強いため、胃ろう(栄養を胃から直接注入する経管栄養法)を造設された患者さんは「口から食事をしていないのだから誤嚥性肺炎は、もう大丈夫」と思っているご家族がいらっしゃいますが、これは誤りです。胃ろうを造設する前も、造設したあとも、誤嚥は似たような頻度で起きてきます。なぜなら胃ろうを造設したということは、すでに嚥下機能が大きく低下していたり、食べる力が落ちているといった理由があるからです。
このため就寝中の唾液誤嚥のリスクは 一般の方よりかなり高くなっており、誤嚥性肺炎を発症するリスクは常に高い状態にあると考えてください。
胃ろうを使っている方であっても、唾液は口腔内に湧いているため、口腔ケアで口腔内の細菌を減らすことが大切になってきます。
★ 食事するときは正しい姿勢で
上体をきちんと立て、高くないテーブルの上に置かれた食材を、ゆっくり噛みながら食べる。これが正しい食べ方です。
寝そべってテレビを見ながらスナックやみかんを食べるといった行為は、誤嚥を防ぐ立場からすれば避けたい行為です。
またラッパ飲みも危険です。ペットボトルが増えた現代では気をつけたいところです。
さらに、スナックなどが残り少なくなったとき、袋を逆さにして天井を向いた姿勢で食べる行為は、誤嚥リスクが増し危険です。ソファやリクライニングチェアに坐って食べる習慣がある人は、ちょっと思い出してください。
★ 誤嚥しやすい食品を知っておく
食べにくいため要注意の食品)
・水分やパサつくもの(お茶や水、パンなど)
・粘つくものや、固い繊維質のもの(餅、きんぴらゴボウなど)
・水分と固形物が混じったもの(みそ汁、ラーメンなど)
比較的安心できる食品)
・滑りがよく噛み切りやすいもの(ゼリー、茶わん蒸しなど)
・やわらかくまとまりのよいもの(お粥、ケーキなど)
★ うがいは、もうやめよう
うがいするときは、口に液体を含んだあと上向きになってガラガラやるのですが、ラッパ飲み同様、誤嚥するリスクが増します。
上向きでのうがいは、積極的にやる意味が医学的にも見出せないことから、高齢者では避けたほうが無難です。口腔内で ぶくぶくと口のなかで液体を転がす行為は構いません。
参考資料)
「物を食べた時にむせる原因は?」(国立長寿医療研究センター資料)から
「誰でもできる誤嚥性肺炎の予防」(山陰労災病院 耳鼻咽喉科 平 憲吉郎)
「ガム噛みエクササイズで正しく噛む習慣を身につけましょう!」(ぬりや歯科医院 塗谷達)
「誤嚥性肺炎で勘違いしやすい3つのこと 就寝中の誤嚥に注意」(みんなの介護 口腔ケア第17回 新田 実)
「カラダの乾燥と線毛運動の関係」(日常生活における脱水とは 大塚製薬 東京女子医大多賀谷 悦子)