高齢者に多いのに、
医師になかなか聞けない病気について
その2 心房細動、難聴、拘縮痛
診察室で病名を告げられたけれど説明が聞きたかった、病名は告げられたものの治療方法について知りたかったなどの意見があり、高齢者に多い疾患について説明をとのリクエストがありました。
今回は心房細動、難聴(加齢性難聴)、拘縮痛について概説します。
1.心房細動(しんぼうさいどう)
高齢者に多く見られる不整脈で、80歳以上では10人に1人が罹患していると言われます。つまり心房細動は、老化に伴ってみられる心機能の低下ととらえる見方があります。
心房細動は心臓の中でも心房という部位で異常な電気信号が起こることが原因で生じる不整脈です。加齢や肥満、弁膜症、高血圧症などが心房細動の原因となります。左心房(心臓の部屋の一つ)と肺静脈(肺から心臓に戻る血管)の境に不整脈が生じる起源があると考えられています。
持続時間により発作性心房細動、持続性心房細動、慢性心房細動に分けられます。発作性心房細動とは発作のように一時的に心房細動が出現するもので、通常は7日以内に自然停止します。
持続性心房細動とは 7日以上持続して不整脈が続くものの、1年以上は続かない場合をいいます。
慢性心房細動は、1年以上心房細動の状態が続いている状態をいいます。適切な治療をしないと、発作性心房細動から持続性心房細動を経て慢性心房細動と変化していくことが多いとされます。
心房細動自体で命に関わることは少ないのですが、心房細動によって心臓の中にできた血のかたまり(血栓)が広汎な脳塞栓症(心原生脳塞栓症=ノックアウト型脳梗塞;脳梗塞に含まれる)を起こすリスクが増すことから、血栓を作らないように予防する治療が重要になってきます。
主な症状は動悸・ふらつき・失神などですが、症状が続いて心不全になると息切れやむくみなどが出現します。 症状や身体診察に加えて、心電図検査や心臓エコー検査を用いて診断します。治療は薬物療法がメインですが、血圧が下がったり失神したりした場合は電気的除細動を行う場合もあります。また根本的に不整脈が出なくなるようなカテーテルを用いたアブレーションという治療もあります。
アブレーション治療
カテーテルを用いた治療で不整脈の起源を通電焼灼することで不整脈が出ないようにする方法です。発作性の場合は70%程度の成功率で、以降心房細動が出なくなります。アブレーションは持続期間が短い発作性心房細動の方が効果が期待でき、慢性心房細動の場合には抗不整脈効果の期待が薄いとされます。
抗凝固薬を使った治療
心臓のなかにできた血栓が脳などの臓器に飛ぶことを防ぐための治療です。
・ワーファリンという薬は昔から使われてきました。ワーファリンは値段が安い一方で、適切な使用量を保つために定期的な採血(PT-INR値を見る)が必要があります。飲み始めは1週間に1回の採血、その後も1-2ヶ月ごとの採血が必要になります。また薬を毎日飲まないと治療の効果が極端に落ちてしまう点や、納豆やクロレラなど、ビタミンKが含まれた食べ物を食べると効き目が落ちてしまうといった点に気をつける必要がある薬です。
・その後、定期的な採血が不要な抗凝固薬(Direct Oral Anti Coagulants:DOAC)が登場し、治療の幅が広がってきました。ワーファリンと比べて値段(薬価)が高いデメリットはありますが、食事制限や採血によるチェックがいらないといったメリットがあります。
いずれにしても、抗凝固薬は血栓ができにくい反面、出血しやすくなり止血しにくくなるという副作用があります。
なおワーファリン、DOAC、アスピリンなどは俗に“血液サラサラ系のクスリ”と呼ばれますが、アスピリンは心房細動の血栓予防には用られません。
(参考資料 MEDLEY「心房細動」)
2.難聴(加齢性難聴)
加齢性難聴とは、加齢によって起こる難聴で「年齢以外に特別な原因がないもの」をいいます。
上のグラフは、縦軸に「音の強弱」、横軸に「音の高低」をとったものです。
黄色で示されている20歳代の場合は、音が小さくても、低い音・高い音をどちらも十分に聞き取れていることがわかります。
しかし、50歳代(緑色)になると高い音が聞こえにくくなってきて、70歳代(赤色)では音が大きくても高い音が聞こえにくくなってきます。
加齢性難聴は誰でも起こる可能性があります。一般的に50歳頃から始まり、65歳を超えると急に増加するといわれています。その頻度は、60歳代前半では5~10人に1人、60歳代後半では3人に1人、75歳以上になると7割以上との報告もあります。
聞こえにくいことを、年のせいだからと放っておくのは感心しません。加齢性難聴で考えられるリスクとして、外出先で周りの音が聞こえないために事故に遭いやすかったり、災害を知らせる警報に気づかなかったりする点が挙げられます。
また、難聴が続くと認知症リスクが高まるといった研究報告もあります。
加齢性難聴の原因と症状
耳の構造は、外耳、中耳、内耳に分けられています。
外耳から入った音は、中耳を通って、内耳にある「蝸牛(かぎゅう)」と呼ばれる渦巻き状の菅に伝わります。蝸牛には、細かい毛のある「有毛細胞」があり、鼓膜から伝わってきた音の振動をキャッチして、電気信号に変えて脳へ送る役割をしています。これが音を聞き取るしくみです。
有毛細胞が障害されることで難聴が起こる
加齢性難聴は、有毛細胞が障害されることで難聴が起こります。
有毛細胞は、正常な状態では整然と並んでいますが、加齢とともに壊れてなくなっていきます。有毛細胞は、いったん壊れてしまうと再生することはありません。そのため、加齢性難聴は治りにくいとされています。加齢性難聴の場合、通常は両方の耳が聞こえにくくなるのが特徴です。
セルフチェック
会話中にしばしば聞き返す程度であれば正常と判断されますが、テレビやラジオの音が大きいと指摘される場合には、軽度の難聴の可能性があります。また、銀行や病院などで名前を聞き逃してしまうことが多い場合には中等度の難聴、目の前の電話の着信音が聞き取れない場合には高度の難聴であると考えられます。
軽度の難聴であっても日常生活の聞き取りで困るようなことがある場合には受診をおすすめします。軽度難聴でも人の話が聞き取れないことがありますが、そのことが原因で人との会話が臆病になってしまい、その状況が続くと認知症に進んでいくという研究報告もあります。
認知症の引き金になることもある
65歳以上の方を対象に行った認知症テストの結果があります。それによると難聴があっても補聴器を使っている方は、認知症テストの結果が悪くなかったのですが、難聴があって補聴器を使っていない方は、明らかに認知症テストの結果が悪かったという結果が出ています。
加齢性難聴に早期から対応することは、認知症の予防にもつながると考えられます。
予防
加齢性難聴は加齢とともに誰でも起こる可能性があります。加齢性難聴を悪化させる原因として、糖尿病、高血圧、脂質異常症、動脈硬化、喫煙、過度な飲酒、騒音などがあります。糖尿病があると加齢性難聴を悪化させることが全国規模の疫学調査であきらかになっています。
動脈硬化や高血圧などの生活習慣病があると、内耳や脳の血流が悪くなって、聞こえの機能に悪影響を及ぼすとされています。喫煙やアルコールのとり過ぎは、動脈硬化や高血圧の悪化に深く関係するので、特に注意が必要です。これらの原因を取り除くことが、加齢性難聴の予防になります。
また、環境を整えることも大切です。騒音などは体の中に「酸化ストレス」を増加させ、正常な細胞の組織を壊してしまうため、難聴を起こしやすくするといわれています。
検査
聞こえが悪くなったら、耳鼻科を受診して問診と聴力検査を受けます。
問診では日常生活での聞こえの状態を確認します。また、加齢性難聴は高い音が聞き取りにくくなるため、聴力検査では高い音がどれくらい聞こえるかを調べます。高い音が聞こえないと、加齢性難聴が始まっている可能性があります。
治療など
加齢性難聴には根本的な治療法はありません。
加齢性難聴と診断されたら、補聴器相談医のいる耳鼻咽喉科を受診し、医師の指導のもと、連携している認定補聴器技能者がいる販売店で、自分に合った補聴器を選ぶことが大切です。
自分に合った補聴器の選択と調整のしかた
加齢性難聴は加齢以外に特別な原因がないため治すことはできませんが、自分に合った補聴器を使うことで聴力を補うことができます。補聴器がすすめられる目安は、聴力検査で聴力が40デシベル以上の難聴とされています。これは、近くでひそひそ声で話しかけられても気づかなかったり、難聴がない人にはうるさいと感じられるほどの音量でなければテレビの音が聞こえづらかったりというレベルの聴力です。補聴器が必要と診断された場合は、耳鼻咽喉科医に「補聴器適合に関する診療情報提供書」を書いてもらいます。その提供書を持って認定補聴器専門店へ行き、聴力にあわせた、適切な補聴器を選択します(認定補聴器専門店は、全国に700店以上あります)。補聴器は、1~2週間、日常の生活で試しに使ってみることもできます。自分にふさわしい補聴器を決め、必要に応じて調整を繰り返しながら、自分に合ったものにしていくとよいでしょう。
聴力や補聴器は、定期的にチェックを受けるようにしてください。聴力の変化に応じて補聴器を調整し直すことが大切です。使い始めは「音がうるさい」「聞こえが十分改善しない」などと感じる人もいますが、ある程度使い続けていると、脳や耳が慣れて違和感が減り、使いやすくなっていくようです。慣れるまでの期間は、3か月前後が目安です。
補聴器のタイプは3つ
補聴器には、耳かけ型、耳穴型、ポケット型の3タイプがあります。耳かけ型は、本体を耳の後ろにかけます。
耳穴型は、耳に穴にぴったりと収まるようになっており、耳の形に合わせオーダーメイドで作ります。
ポケット型は、コントローラーにイヤホンをつないで使用します。ほかのタイプよりもサイズが大きいため、家の中で使うのに適しています。
補聴器の基本的な機能として、言葉を聞き取りやすくするため、雑音抑制機能や衝撃音抑制機能、言葉を際立たせる語音強調機能などがあります。ほかにもさまざまな機能が搭載されているものがありますが、補聴器を選ぶときにはそうした機能を使いこなせるかどうかも考慮しないと、逆に使いにくくなることもあります。自分にとって必要な機能を備えた補聴器を選ぶようにしましょう。
(NHK 健康チャンネル 「50歳を過ぎたら要注意! 加齢性難聴とは」「高音が聞こえない? 加齢性難聴・補聴器の選び方と調整のしかた」)
3.拘縮痛(こうしゅくつう)
拘縮というと寝たきりの人をイメージされる人が多いと思います。けれども拘縮は、通常の社会生活を送っている高齢者にもしばしばみられます。そこで(関節)拘縮について説明しておきます。
- 関節拘縮とは関節周辺の組織の伸縮性がなくなり、自由に動かせなくなることをいいます。
- 関節拘縮は寝たきりなどで身体を動かさない人に生じます。
- 関節拘縮の改善は独力で行わず、リハビリの専門家に依頼するのがよいでしょう。
- 関節拘縮は毎日身体を動かすことで予防できます。
関節拘縮は一度なってしまうと元に戻すにはとても労力がかかります。一方で予防するためには毎日身体をちゃんと動かすだけで一定の効果が見込めます。毎朝ラジオ体操をするとか、散歩やゲートボールなどの趣味的な運動をする、自分でできる家事は自分で行うといったことを心がけましょう。
関節が固まってしまって、ほとんど自分の力では動かせない、また他の人が無理に動かそうとすると強い痛みが襲ってくる、そんな状態のことを関節拘縮と呼び、高齢者を中心に大勢いらっしゃいます。ここでは関節拘縮とは何なのか、どうすれば予防・改善することができるのかについてお伝えします。
関節拘縮の症状や状態
人間の体が自由に動かすことができるのは、関節包・じん帯・筋肉・筋膜・皮下組織・皮膚といった組織が柔軟性を持ち、必要に応じて伸びたり縮んだりしてくれているからです。拘縮というのは、何かしらの原因によってそれらの組織が伸縮性を失ってしまうことで発生します。つまり、関節拘縮とは関節付近の筋肉などが固くなってしまい自由に動かすことができない状態(病態)のことをいいます。ずっと立ちっぱなしで膝周りが痛くなったり動かしにくくなったりしたことはないでしょうか? それは軽い拘縮が起こっているからです。関節拘縮が起こると関節の可動域が狭まり、無理に動かそうとすると痛みが生じます。また拘縮があるだけで慢性的な痛みを訴えるようにもなります。進行すると、着替えやオムツ交換などが困難になってしまい、介護する側の負担も大きなものになっていきます。
原因
関節拘縮が起こる原因は大きく2つあります。
1.十分に関節を動かさないこと
2.ケガや病気によって起こる炎症
高齢者に特に多いのは原因1.によるものです。高齢になると、心筋梗塞や脳卒中などを発症する確率が飛躍的に上がり、一命を取り止めたとしてもそのまま寝たきりになってしまうケースがあります。そうして動けない状態が続いてしまうと次第に関節が固まっていき、関節拘縮が引き起こされてしまうわけです。
治療
関節拘縮を独力で原因を判断し、治すことは難しいため、基本的には専門家の力を借りる必要があります。まずは医師の診察を受けましょう。その診察結果をもとにリハビリが必要となります。リハビリを担当する医療関係者は、理学療法士(PT)、作業療法士(OT)、あん摩マッサージ指圧師などです。拘縮を起こしている関節周辺のストレッチを行ったり、マッサージを行うことで関節の柔軟性を取り戻していきます。
予防
関節拘縮を起こさないようにするために大切なことは、毎日身体を動かすことです。激しい運動をする必要はなく、ラジオ体操を行う、自分でできる家事は自分の力で行うといったことでも十分効果があります。お風呂上がりにストレッチを行うことも関節拘縮予防には有効な方法です。高齢者になるとどうしても活動する意欲が減ってしまい、動こうとしなくなってしまいます。しかし、ずっと”動かない”と次第に”動けない”に変わってしまいます。そうなってからでは、動けるようにするまでに痛みと戦いながら根気強くリハビリをしなければならなくなります。
(参考資料 「高齢者に多い関節拘縮の治療方法と予防方法 レイス治療院」)