• 0465-64-1600

健康長寿サロン

日ごろの暮らし方と老年性疾患の関係
(九大 久山町研究から)

テレビやマスコミなど健康に関する情報が氾濫し、錯綜しているように思う。信頼できる健康情報ソースを知りたく、また近年のトピックなどがあれば教示を、とのリクエストがありました。

 

 

現代は、たしかに情報に溢れています。テレビをみても健康番組が多く、よいとされる食事やサプリメントが繰り返し紹介されますが、すごい効果だなあと驚いても「あくまでも個人の感想です」といった表記しかなかったり、長期連用の結果どうなったのかという追跡調査を目にする機会はほとんどないのでは? とも感じています。

そこで今回は、信頼できる健康情報ソースとして、九州大学久山町研究のまとめを紹介することにしました。久山町研究は、福岡県久山町の地域住民全員を対象に、九州大学が長きに渡って行っている大規模な疫学調査です。疫学調査とは、特定の集団を対象にさまざまな病気の頻度や分布を調べ、発生原因や予防法を統計学的に解析するものです。

福岡市に隣接する久山町は、人口約9,000人(2018年12月現在)の町です。住民が全国平均とほぼ同じ年齢や職業分布を持つことから、平均的な日本人のサンプル集団として研究対象に選ばれました。

久山町研究の特徴は、死因特定のために亡くなった方の病理解剖を行う率(剖検率)が75%という、世界に類を見ない高い水準を保っている点にあります。それまで生きてこられた人がなぜ心肺停止となって永眠したのか。その理由は死因を調べることでしか解明されません。年齢40歳以上の住民を5年ごとに加えることで生活習慣の影響や危険因子などの変化を把握し、さらに検診受診率約80%、追跡調査率99%以上という官民一体となった姿勢が、客観性の高いデータを支えているのです。

 

九大大学院久山町研究室では、『げんき予報便』として一般向けのチラシを2005年から2022年まで、定期的に発行しています。ここから先は、げんき予報便に掲載されたコラムを参照し、解説することにします。いくつかはすでに知られたことですが、なかにはあまり知られていない情報もありました。久山町研究の成果は、生活様式のありかたを整理してみたい人には大変有用だと感じます。

 

総括)40年間のまとめから

昭和36年の調査開始時は脳卒中が国民病ともいわれ、死因の第一位でした。久山町も例外ではなく、当時は高血圧があるにもかかわらず無治療の人が9割を占めていたようです。

血圧治療を進めていくことで、昭和50年代まで脳卒中になる人は順次減っていきました。

しかしその後は、血圧治療が普及したにもかかわらず、低下のスピードが鈍くなります。理由として考えられたのが代謝性疾患、なかでも糖尿病の増加でした。生活習慣病における代謝性疾患にはそのほか肥満、脂質異常症(高コレステロール血症など)が含まれます。

高齢化が進んだ現代は、認知症という病気も無視できなくなりました。認知症はその人の暮らしや社会的孤立を助長するなど、本来のその人らしさを阻害していきます。そのためか高血圧症や糖尿病といった生活習慣病が認知症とどう関係しているのか、また認知症を少しでも減らす手立てはないのかといったテーマが、現在の久山町研究の基盤にあるようです。

 

トピック その1)糖尿病は認知症のリスクになる

糖尿病という呼称は、尿に糖が混じる病気といったイメージがありますが、病態はちがいます。本質は持続する高血糖状態にあり、インスリンが少ないか、または効果的に働かないことで、さまざまな細胞に影響が出てきます。なかでも血管の栄養不良がもたらす臓器障害が、病態の中央に居座っています。糖を細胞に供給するために必要とされるインスリンが働かなくなると、燃焼に必要な糖が細胞に供給されなくなり、細胞の活動にムラが生じたり、代謝が空回りすることになります。

とりわけ脳は、主役である神経細胞も、神経細胞を支持サポートする神経膠細胞も、豊富な血流と酸素と糖を必要とします。そのため、これらの要素が十分に供給されない環境下に置かれると、脳は弊害をきたすリスクが増してきます。

下図の左(青いグラフ)は、糖尿病とアルツハイマー病との関係を示しています。

糖尿病の人は、糖代謝に異常がない人と比べて、アルツハイマー型認知症を発症するリスクが1.9倍高くなっていたことを示しています。

また下図の右(緑のグラフ)は、糖尿病と血管性認知症の関係を示しています。

脳梗塞や脳出血が原因で生ずる血管性認知症を発症するリスクは、糖尿病予備軍の人で1.9倍、糖尿病の人で2.1倍と高くなっていました。

糖尿病とその予備軍は、認知症を発症する危険因子であるというのが、久山町研究の結論です。

 

トピック その2)高血圧症は血管性認知症のリスクになる

代表的な認知症に、血管性認知症とアルツハイマー型認知症があります。

血管性認知症は脳梗塞や脳出血など脳の血管障害によっておこる病気です。一方、アルツハイマー型認知症は原因も治療法もまったく確立されていません。そのためいずれの認知症も予防が大事になってきます。

高血圧症と認知症は関係あるのかとの課題に対し、高血圧症が続くと血管性認知症の発症リスクが増すとの結論が、久山町研究から得られました。下図の黄色いグラフでは、軽症高血圧症(140~159/90~99㎜Hg)の人は正常血圧の人と比べて血管性認知症になるリスクが4.5倍、また重症高血圧症(160/100㎜Hg以上)の人は5.6倍であることがわかります。

また赤いグラフをみると、老年期だけでなく、中年期(50~64歳)に血圧が高い人は、老年期になって血管性認知症になりやすいこともわかります。中年期に軽症高血圧症の人は正常血圧の人と比べて6.0倍のリスクがあり、重症高血圧症の人は10.1倍のリスクを抱えていました。これらのことから中年期から血圧をコントロールすることが脳を守り、認知症を予防することにつながると考えられます。

 

トピック その3)認知症予防によいとされる食生活

欧米諸国では、油にオリーブオイルを使用し、穀物、野菜、くだもの、ナッツ、豆、魚、鶏肉を中心とした食事に少量のワインを嗜むような食事が、認知症予防に効果的であるとの報告があります。

ひるがえって日本(久山町調査)では下にある左表のとおりで、大豆・大豆製品、緑黄色野菜、淡色野菜、海藻類、牛乳・乳製品の摂取量が多く、お米の摂取量が低い食事が認知症予防に効果的との解析結果が出ました。

またくだもの、イモ類、魚の摂取量が多く、飲酒量が少ないことも大切です。

表1を見てみましょう。右列の減らすとよい欄に入っているお米は、食べてはいけないという意味でなく、ごはんを食べすぎると他のおかず量が減ってしまい、栄養のバランスが崩れてしまうことが問題であると、研究班は指摘しています。

左列には、増やすとよい食品群のなかに牛乳・乳製品があります。そこで認知症の発症リスクを調べてみたところ、牛乳・乳製品の摂取量が多い人は、アルツハイマー型認知症や血管性認知症になるリスクが低いとする結果が出ています。

右にある図1では牛乳や乳製品の摂取は、認知症発症予防に一定の効果が期待できることが示されています。牛乳や乳製品には、認知症の予防効果があるビタミンB12やカルシウム、マグネシウムといったミネラルだけでなく、認知症の危険因子である糖尿病を改善する作用をもつホエイプロテインやカゼインといった良質なタンパク質が含まれています。厚労省も一日コップ一杯の牛乳またはそれに応じた乳製品(カップヨーグルト2つとかスライスチーズ2枚など)の摂取を推奨しています。

 

トピック その4)早食い、間食、就寝間際の食事は避けよう

食生活の話が出てきましたので、食事関係の話をもう少し続けます。一日3食が望ましいとする根拠としては、よく知られた実験があります。同一カロリーの食事を1回で与えた群と、2回に分けて与えた群と、3回に分けて与えた群とで体重を比較したところ、1回で与えた群が一番増えていました。空腹のときの食事は吸収率が上がるからというのが理由ですが、人間でもいえそうです。

下図にあるとおり、早食いの人、間食をする人、就寝前2時間以内に何かを食べる行為をしている人は、そうでない人と比べて肥満へのリスクが増すという結果が、久山町研究から導かれました。

やせようと気をつけていればいるほど食べてしまう、我慢しようとすればするほどガマンできなくなる。こうした行動を説明するのに使われる心理学用語に、シロクマ効果があります。1987年にアメリカの心理学者ウェグナーが提唱した現象です。被検者にシロクマの1日を追った映像を見せたあと、グループを3つに分け、1グループには「シロクマのことを覚えておいて」と伝え、2グループには「シロクマのことは考えても考えなくてもいい」と伝え、3グループには「シロクマのことは今後一切に考えないように」と伝えたあと、時間を置いて映像のことを覚えているかどうか確認したところ、シロクマのことを最も覚えていたのは3グループだったという話です。

気まぐれだったり、あまのじゃくともいえる人間の心理や、かなわぬ恋を忘れることができない心理を説明するときに、しばしば引用される現象です。

ともあれ禁止されたりガマンを強いられたりすると、制限を受けたモノやコトに注意が向きやすくなるのが人間です。たとえば1日100キロカロリー減らすだけでも1年間で5キロの体重減少がみられることから、タイトな目標を掲げることはせず、また人は満腹感より視覚的な情報で食べる量を決めるとの研究報告もあることから、周囲にお菓子を常置せず、お皿に盛るときは小皿を使ったり、量が多く見える細い縦長のグラスを用いるといった工夫がよいと久山町研究班は説いています。

また食物繊維の多い緑黄色野菜や、ゴボウ、サツマイモ、納豆、おから、ひじきなども推奨されます。さらに食事の際は、食物繊維を多く含む食材から食べる(ベジファースト)と、食後の高血糖を防ぐことができます。

 

トピック その5)脳卒中を防ぐには植物性タンパクと動物性タンパクの双方摂取を

老後を健康に生きるためには、骨の強度確保と筋肉の維持が大事です。タンパク質については魚ならよいが、肉は控えるようにといった指摘がかつてありました。心臓病予防のため、また高脂血症にならないようにとの理由からで、公式見解だった時期もあります。

その後、健康な高齢者は、肉類など動物性タンパク質を意外に摂っているらしいことが話題になったこともあります。そうしたニュースが引き金になったのでしょうか、久山町調査から、動物性タンパクも大事であるといった結論も出てきました。

左のグラフ(緑色)によれば、植物性タンパク質の摂取量の増加に伴い、脳梗塞や脳出血の発症リスクが低下しています。一方、右のグラフ(ピンク色)をみると、動物性タンパク質の摂取量が多い人は、少ない人と比べて脳出血の発症リスクが低下しています。脳梗塞については差がないようです。これらのことから、タンパク質は植物性、動物性とも脳卒中発症の予防には大事であると思われます。

下の表1をみてみましょう。植物性タンパク質を多く含む食品は大豆・大豆製品、野菜、海藻が代表です。動物性タンパク質を多く含む食品は肉、魚、卵、牛乳、乳製品などが挙げられます。これら食品をバランスよく摂取している人は、トピック その3で触れたとおり、脳卒中のみならず認知症にもかかりにくいという成績も得られています。

 

トピック その6)慢性の痛みがあると抑うつや不安が増える

そのほかの話題としては、痛みについての調査もありました。慢性の痛み(慢性疼痛)を持つ人の割合を調べてみたところ、全体の48%で、高齢になるほど多かったとの結果が出たようです。部位は腰、肩や腕、足の順。40~50歳代では頭や顔、首、肩や腕など上半身の痛みが多く、年齢が上がるにつれて脚の痛みなど下半身の痛みが増え、腰痛はいずれの年代にもみられたとのことでした。

慢性的な肩こり、頭痛、腰痛、胸痛、腹痛、下痢、便秘、めまい、手足のシビれ、持続する発熱などを感ずる人が多いのも高齢者の特徴です。

6か月以上続く痛み(慢性疼痛)がある人は、痛みのない人と比べて抑うつ症状、不安症状をかかえる傾向が強く、日常生活に支障をきたして生活満足度が低い傾向もありました。ストレスをため込みやすい性格はアレキシサイミアと呼ばれます。アレキシサイミアの人には自分の気持ちに気づきにくい、気持ちを伝えるのが苦手といった特徴がみられ、ストレスをため込みやすい傾向があることが知られています。そこでアレキシサイミアと慢性疼痛との関係を調べたところ、アレキシサイミアの傾向が強い人ほど慢性疼痛を抱えていることがわかったとの報告がありました。

アレキシサイミアは、慢性的な痛みやネガティブな感情へのリスクが高く、一般集団の生活満足度が低いことと関連していると結論しています。

 

トピック その7)睡眠不足は認知症を誘発する

ふたたび認知症と関係した話をしてみます。

睡眠は、認知症の発症と密接に関連することが明らかになりつつあります。

久山町生活習慣病健診では1日の睡眠時間を調査できた認知症のない60歳以上の男女1,517名を10年間追跡調査し、認知症発症との関連を調べたところ、下の図のような結果になりました。

5~6.9時間の睡眠を取っている人と比べ、5時間未満の人は認知症に2.6倍なりやすく、8~9時間の人は1.6倍、10時間以上の人は2.2倍でした。アルツハイマー型認知症や血管性認知症でも同様の関連が認められました。アルツハイマー型認知症と関連が高いアミロイドβタンパク(脳内に蓄積する異常タンパク)は、睡眠中に脳内から排泄されることがわかりつつあるため、短時間睡眠はアミロイドβタンパクの蓄積や、脳内の炎症を惹起して脳の老化を促進させる結果、認知症をもたらすと想像されています。

一方、睡眠時間が長すぎても認知症発症のリスクが増すというのも、調査結果の結論です。そうした結果が出た理由については、臥床時間が長い人のなかにはフレイル(虚弱)や寝たきり状態など認知症予備軍が多く含まれている可能性が高く、自立度が落ちた人たちも母数に加えたことによるバイアスがもたらした影響だろうとの解析がありました。

以上から、適切な睡眠時間の確保が、認知症発症のリスク軽減に大事であることがわかります。

 

参考資料)広報誌『ひさやま元気予報便』№1(2005年)~№18(2022年)

目次

ページトップへ戻る