胸やけ、胸の痛み、胃もたれがみられたら
胸やけ、胃部不快感などの症状を医師に告げたら、食道が荒れているといわれて投薬を受けました。
加齢と消化機能の変化、入れ歯と咀嚼との関連性、対応策などについての概説もを、とのリクエストがありました。
投薬を受けた方の病名は、逆流性食道炎とみてよいでしょう。
そこでまず、加齢と消化機能の変化について説明します。ひとことでいえば、消化管にみられる消化機能は、加齢とともに低下していきます。食道、胃、小腸、大腸の順に説明してみます。
加齢と消化機能の変化
食道の老化
加齢により、食道の収縮力は低下していきます。これによって上部食道括約筋(かつやくきん)の張力は弱くなっていきます。また食道の内腔圧や、食べ物を胃に送るための蠕動運動(ぜんどううんどう)も弱くなるといわれています。
さらに食道下部の筋肉(下部食道括約筋)がゆるんでしまったり、食道の動きが悪くなると、胃液や胃の内容が食道に逆流する現象が生じやすくなります。これを胃食道逆流症といいますが、食道粘膜が連続的に胃液(胃酸)の攻撃を受けて潰瘍ができてしまうと、食道機能はさらに悪くなります。
胃の老化
胃は、加齢によって粘膜が萎縮すると胃酸分泌が低下し、病原体への抵抗力が低下するほか、鉄やビタミンの吸収能力も落ちてきます。また加齢によって胃の弾力性も低下するため、一度に大量の食べものを胃にためておくことができなくなります。さらに、蠕動運動が弱まることから、小腸へ食べものを送り込む能力も低下します。つまり、たくさん食べないようにしようと思っても、胃の中に食物がたまってしまうため、胃が苦しくなるといった症状がみられるようになります。
小腸の老化
小腸は、加齢による影響を受けにくい臓器とされてはいるものの、やはり消化液を分泌する能力が低下し、消化吸収が悪くなります。脂っこいものがあまり食べられなくなったり、乳製品の消化吸収の能力が衰えます。
大腸の老化
大腸は、蠕動運動の低下や、肛門括約筋の収縮力の低下、腹圧の低下などが起きてきます。これらの様々な要因によって、便秘がみられるようになります。特別養護老人ホームに入居している高齢者の35.9%は、毎日下剤を使用しているというデータもあります。
また、大腸壁の一部が 小さな袋状になって腸の外側に向かってくぼむことでポケットができ(憩室 けいしつ)、そこに腸内を移動している物質(便)がたまることで、感染を起こすこともあります。これは大腸憩室炎と呼ばれます。痛みや微熱、憩室からの出血が代表的な症状です。
次に、胃食道逆流症および逆流性食道炎についての説明に入ります。
胃食道逆流症
胃酸を多く含む胃の内容物が、重力に逆らって上行して食道内に逆流して起こる病態、それが胃食道逆流症(Gastro Esophageal Reflux Disease : GERDと略されます)です。この胃食道逆流症は、症状や食道の粘膜の状態によって、逆流性食道炎と、非びらん性胃食道逆流症(Non-Erosive Reflux Disease : NERD)とに分けられます。
つまり逆流性食道炎とは、正確にいえば胃内視鏡検査のあとで付けられる病名であること、また内視鏡で粘膜の損傷が確認された場合に付けられる病名であるといえます。西洋では人口の10〜20%が胃食道逆流症(GERD)の影響を受けているといったデータもあります。
症状と合併症
症状としては、口内の酸味、胸焼け、口臭、胸痛、嘔吐、呼吸障害、歯の摩耗などがあります。
代表的な自覚症状は、胸やけと呑酸(どんさん:酸っぱく不快な感覚)です。食後に多いとされますが空腹時にもみられるほか、夜間の胸やけが特徴的です。胸やけがひどいせいで、夜中に目が覚めてしまったり、心臓の病気と同じような胸の痛みを感じたりすることもあります。
そのほかの症状としては、のどの違和感、よく咳き込む、声がかれるなど、食道以外の部分に症状が出ることもあります。
合併症としては、食道炎、食道狭窄、バレット食道などがあります。
食道狭窄とは、逆流性炎症によって引き起こされる食道の持続的な狭窄をいいます。わたしたちの組織はダメージを受けたとき、それを修復しようとする反応が起きます。その治癒機転で瘢痕に代表されるような、組織が収縮するかたちで治ることがあります。円筒状の食道にこの治癒メカニズムが働くことで狭窄が起きるわけです。
またバレット食道とは、逆流性食道炎によって食道の粘膜を覆う“扁平上皮”と呼ばれる組織が、胃の粘膜を覆う“円柱上皮”に置き換わってしまった病気のことです。
食道の組織は、通常であれば胃酸が逆流することはないため、胃酸に耐えられる性質ではない“扁平上皮”という細胞でできています。
しかし、胃と食道の境目の筋肉が緩むことで胃の内容物が食道に逆流する逆流性食道炎を発症すると、炎症が起こった部位の扁平上皮は、胃にみられるような円柱上皮に置き換わっていきます。具体的には、粘膜の変性(扁平上皮から円柱上皮に変化)が食道の全周性に拡がり、その広がりが3cm以上みられるものをバレット食道と呼んでいます。
胃の内部表面は、もともと“円柱上皮”と呼ばれる組織で構成されています。胃の粘膜からは、消化に必要な“胃酸”が随時分泌されています。胃酸は酸性度が高く、粘膜にダメージを与える作用があるため、胃の粘膜は胃酸に耐えられる背丈の高い円柱上皮構造をしているわけです。
それなら胃酸に対応できて便利じゃないかと思う方もいらっしゃるでしょうが、バレット食道は食道がんの発生リスクを高めることが知られています。ですから内視鏡検査などでバレット食道を指摘された方は、逆流性食道炎の治療を行いながら定期的な経過観察をしていく必要があります。なおバレット食道の“バレット”とは、この病気を最初に報告した医師の名前です。
原因
胃酸が食道に逆流し、粘膜を刺激することが原因です。食道の粘膜は、胃の粘膜とは違い、胃酸の刺激から身を守る仕組みを持っていないので、胃酸に触れると炎症を起こしていきます。とくに、胃や食道の運動機能が低下している場合には、食道が胃酸にさらされる時間が長くなり、炎症が起きやすいと考えられています。
食道の粘膜が胃酸に触れてしまう原因としては、食道と胃の境目である噴門部(ふんもんぶ)の筋肉の力が弱まることによる胃酸を含む胃の内容物の食道への逆流、食道裂孔ヘルニア、腹圧の上昇などが挙げられます。
リスクファクターとしては、肥満、妊娠、喫煙、裂孔ヘルニア、特定の薬の関与が知られています。関与する薬物には抗ヒスタミン薬、カルシウムチャネル遮断薬、抗うつ薬、睡眠薬などがあります。
噴門部の筋肉は、下部食道括約筋(かぶしょくどうかつやくきん:LES)といって、胃酸が胃から出ないように調整する役割を持っています。
下部食道括約筋の力が弱くなるのは、暴飲暴食、脂肪分の多い食事、不規則な食事時間などが原因と考えられています。妊娠中、肥満、便秘などの方は、胃をはじめとした内臓に常に圧力がかかっている状態(腹圧が上がっている状態)ですので、胃酸が食道まで逆流し、胃食道逆流症(GERD)になりやすいといわれています。
治療
胃食道逆流症(GERD)の治療は、逆流性食道炎・非びらん性胃食道逆流症(NERD)のどれであっても同じで、胃酸分泌を抑える薬が使われます。薬物療法が基本ですが、胃食道逆流症の原因にあてはまるものがあれば、原因を取り除く治療や工夫も行われます。
さらに生活習慣の改善も大事といえます。
治療その1)薬物療法
胃酸の分泌を抑えるプロトンポンプ阻害剤と呼ばれる薬が主役です。
自覚症状がなくなっても、食道粘膜の炎症が治る前に、薬の服用をやめてしまうと再発する可能性があるため、薬は医師と相談しながら、継続して服用することが大切です。
治療その2)生活習慣の改善
胃酸の出過ぎを抑え、肥満を解消するための食事として低脂肪食が推奨されています。 胃食道逆流症を引き起こす可能性のある食品には、コーヒー、アルコール、チョコレート、脂肪分の多い食品、酸性の食べもの、辛い食べものが知られています。これらを避けるほか、禁煙を心がけることも大事です。
その他にも、食後すぐに横にならない、ベルトやコルセットを締め付けすぎない、前かがみにならない、寝るときは上半身を少し高くして食道に胃酸が逆流しにくいようにするなどの生活習慣の改善により、症状が和らぐことがあります。
また腹圧を下げるために、適度な運動と食事内容の工夫で、肥満や便秘の解消ができるよう生活を見直してみましょう。
逆流性食道炎
逆流性食道炎(ぎゃくりゅうせいしょくどうえん)とは、胃酸や十二指腸液が、食道に逆流することで、食道の粘膜を刺激して、粘膜にびらん・炎症を引きおこす疾患名です。
胃食道逆流症(Gastroesophageal Reflux Disease:GERD)の一つで、病態についてはすでにお話ししたとおりです。
未治療の逆流性食道炎は、狭心症よりもQOL(生活の質)を損なう疾患とされており、胃酸関連疾患の中で非常に重要な疾患として位置づけられます。つまり甘くみると痛い目に合う病気ということになります。食道出血、狭窄、食道炎、食道がんなど、危険な状態に進む場合があるためです。
食道裂孔ヘルニアとは、胃の上部が横隔膜の上に飛び出している状態です。食道下部にある括約筋が働かないため、逆流性食道炎が頻発(むしろ必発)します。下図の右は、胃内視鏡でみられた逆流性食道炎の像です。粘膜が一部なくなって“赤肌” が見えている状態であることがわかります。痛みを発する原因は、この部分です。
症状や原因、治療法などは胃食道逆流症と同じです。
生活習慣の改善(もう少し詳しく)
食事・生活様式は胃食道逆流症と深く関わっており、炎症を悪化させる食べものとして、高脂肪食をはじめ、アルコール、コーヒー、炭酸飲料、柑橘系ジュース、玉ねぎ、チョコレート、餅、あん、饅頭、香辛料などが挙げられます。
脂肪分の多い食べものは消化に負担がかかることから、コレシストキニンという脂肪の消化に関わるホルモン物質が大量に分泌され、下部食道括約筋を弛緩させ胃液が逆流しやすくなります。予防や治療的観点からは、これらの食べものを避けることも重要です。
喫煙も下部食道括約筋圧を低下させ、胃食道逆流症の増悪因子となります。また前屈位などの体位や、食後すぐに横になることなどは腹圧の上昇を招き、逆流の原因、増悪因子となります。
反対に就寝時の上半身挙上は、胃酸逆流を抑制させるため有効な対応といえます。
食道を守る ちょっとしたヒント
寝る直前に食事を取らない、なるべく胃のなかに物が入っていない状態で寝る、身体の左側を下にして寝ると胃袋が食道よりも下になるので逆流が防げる、暴飲暴食を避ける、脂質の多い食事は症状を悪くする、朝の胸やけに対しては、起床時に水などを一杯飲む、肥満や内臓脂肪沈着による腹囲増加は 胃袋にかかる圧力が強く、胃のなかに入った食事が食道に戻りやすくなるので要注意といった内容がヒントといえます。
最後に、義歯や誤嚥についての説明を加えておきます。
入れ歯(義歯)と咀嚼、誤嚥との関連性
入れ歯が合わないと、しっかり噛んで食べることができなくなります。そこで刻み食や、やわらかい食事への変更が、高齢者施設では検討されることになります。
食形態が変更されれば ひと安心と思われがちですが、高齢者にとっては丸呑みするか、舌で潰して飲み込むだけの食事になります。噛まない食事が長く続くと、やがて唾液の分泌が落ち、舌と頬と顎の協調運動である「咀嚼機能」がみられなくなってきます。そうなると、飲み込む力(嚥下能力)も落ちていき、進行すると咽頭内に唾液や食物の一部が残るようになります。
一般的な入れ歯であれば、口のなかで合ってさえすれば咀嚼はスムーズになり、食事がとりやすくなると期待されるでしょう。けれども、摂食・嚥下障害を持つ人にとっては、特に上下の入れ歯を装着すると、誤嚥のリスクがかえって増すなることがあります。
食べものを咀嚼して喉に送り込む際には、舌を口腔内の上の壁(口蓋)に押し付けて、嚥下のための圧力(嚥下圧)を発生させる必要があります。この嚥下圧は、上あごだけに入れ歯をつけているときは、うまく発生して安全に飲み込むことができるのですが、上下に入れ歯をつけると、舌の動く範囲が狭くなるため、圧力が発生しにくくなります。
そうなると、誤嚥するリスクが増してしまうわけです。
このため、一般的な入れ歯の場合は、まず上あご対応の入れ歯だけ装着して嚥下能力の回復をはかるなど、使い方の工夫が大事になってきます。食事の形態も、ミキサーを調整するなど、個々人の嚥下能力に合ったものにする必要があります。
参考資料)
「消化器の老化」(公益財団法人 長寿科学振興財団 2019年2月 1日)
「入れ歯と嚥下の関係性」(一般社団法人 日本訪問歯科協会 2011年7月15日)
「胃食道逆流症と逆流性食道炎」(おなかの健康ドットコム オリンパス)
「バレット食道」(Medical Note 監修:昭和大江東豊洲病院消化器センター長 井上晴洋先生 2022年11月28日)