人食いバクテリアって、何?
先日のニュースで、人食いバクテリアという用語を聞く機会がありました。
どういう病気か、また何に気をつければよいかについて概説を、とのリクエストがありました。
人食いバクテリアとはセンセーショナルな呼称ですが、文字どおり細菌が人を食べるわけではありません。この感染症では、細菌から出された毒素により筋膜が壊死(壊死性筋膜炎)し、そのうち皮膚や筋肉、脂肪などの組織までもが液状化して壊死に陥り、外観上真っ黒な状態になります。しかも進行するスピードが速く、液状化する状態がまるでバクテリアに食べられたかのようであることから、メディアを中心に人食いバクテリアと呼ばれるようになりました。
下の新聞記事には、 “人食いバクテリア”の原因菌として、アエロモナス・ハイドロフィラが紹介されています。流行した国は米国です。このほかにも “人食いバクテリア”の原因菌にはビブリオ・バルニフィカス、A群溶血性連鎖球菌が知られています。
ニッポンでの「人食いバクテリア」による感染症は、劇症型溶血性連鎖球菌感染症が正しい呼称で、2023年の患者報告数は941人と過去最多となりました。A群溶血性連鎖球菌(A群溶連菌)という菌による感染症です。しかし、じつをいえば、この細菌に感染したところで、ほとんどのケースでは劇症型まで至ることはありません。一方で、劇症型溶血性連鎖球菌感染症を起こしやすい人や、劇症型になりやすいA群溶連菌の種類(株といいます)が知られており、致死率が非常に高い点が厄介です。
人食いバクテリアの正体
というわけで、「人食いバクテリア」といった呼称で呼ばれることがある感染症は、正式名を劇症型溶血性連鎖球菌感染症(streptococcal toxic shock syndrome : STSS)といいます。感染すると約3割の人が亡くなる致死率の高い感染症で、以下のような特徴があります。
- 急激かつ劇的に病状が進行し、発症からの進行が速く時間単位で進行する
- 腕や脚の痛み、腫れ、発熱、血圧低下などが見られる
- 発症後数十時間以内に、皮膚軟部組織の壊死や多臓器不全を来たしショック状態に陥る
- 子どもから大人まで広い年代で発症する可能性があるが、30歳以上の大人に多いのが特徴
劇症型溶血性連鎖球菌の場合、原因菌の多くはA群溶血性連鎖球菌(Group A Streptococcus pyogenes : GAS)と呼ばれる細菌です。飛沫感染、接触感染で広がります。
《溶血性連鎖球菌の電子顕微鏡写真》
一方で、A群溶血性連鎖球菌の感染症すべてが劇症型を起こすのかというと、そうではありません。いわゆる「のど風邪」を引き起こす細菌として知られる溶連菌は、子どもの咽頭炎や皮膚軟部組織感染を起こすありふれた細菌で、劇症型になることは非常にまれとされます。劇症型になるメカニズムとしては、宿主側の要因(65歳以上、皮膚軟部組織感染症、外傷、糖尿病といった基礎疾患があるなど)と、細菌側の要因が複雑に関与しており、未だ解明されていない点も多いのが現状です。
A群溶血性連鎖球菌の流行状況
日本では、劇症型溶血性連鎖球菌感染症は、感染症法ではインフルエンザや新型コロナウイルス感染症と同じ5類に属し、診断した際には7日以内に保健所に届出が必要になります。また、劇症型ではないA群溶血性連鎖球菌による咽頭炎は小児科定点把握疾患となっており、定点として指定された医療機関は、発生状況を週ごとにとりまとめて保健所に届け出を行っています。
新型コロナウイルス感染症が流行した2020~2022年には、劇症型溶血性連鎖球菌感染症の報告数は減少していました。しかし、2023年の夏以降、50歳未満を中心として急増しました。また、劇症型だけでなく、同じ時期ごろからA群溶血性連鎖球菌の咽頭炎の患者も急増しています。
劇症型溶血性連鎖球菌感染症の増加は、日本だけのことではありません。ヨーロッパ諸国(イギリス、アイルランド、フランス、オランダ、スウェーデン、スペインなど)でも、2022年後半から2023年にかけて劇症型を含む重症のA群溶血性連鎖球菌感染症の増加が報告されています。
日本の感染者数が増加したはっきりとした原因はわかりません。5類化以降の感染対策の緩和とインバウンドおよびアウトバウンドにより、病原性が高い株が国内へ入ってきた影響が要因の一つとして考えられます。実際に、日本国内の劇症型溶血性連鎖球菌感染症の患者では、病原性と伝播性が高いA群溶血性連鎖球菌であるS. pyogenes M1UK lineage(UK系統株)が増加しています。
2024年6月11日のニュースによれば、M1UKという新しい溶連菌株は感染力とともに毒性も強く、毒素の量は従来株の約9倍といわれます。そのため、たとえば朝に足の先端がちょっと痛く腫れていたという状態だっただけなのに、昼には膝まで腫れが進行し、夜になると腫れていたところが紫色や黒色に変色して壊死に陥っていたケースもあるようです。発症後、数十時間で亡くなるケースは、こうした例にみられます。
この変異株はすでに日本に上陸しており、その比率は従来株が6割弱、M1UK変異株が4割強といった塩梅です。
そのため、次に説明する予防方法と受診の目安はぜひ知っておいてください。
感染経路
A群溶血性レンサ球菌の感染経路は、皮膚にできた小さな傷や喉などの粘膜が発端とされています。
とはいえ、実際の感染経路は明らかにならない場合がほとんどといわれます。ともあれ、このA群溶血性レンサ球菌が血液または通常は細菌が存在しない筋肉や脂肪などの組織に侵入することで劇症化し、劇症型溶血性レンサ球菌感染症が引き起こされます。
発症リスクが高いとされるのは糖尿病、慢性疾患、がん、慢性呼吸器疾患などの基礎疾患を持つ人です。ステロイドなど、免疫力を抑制する作用のある薬剤を使用している場合も、劇症型溶血性レンサ球菌感染症の発症リスクが高まるとされています。
また、A群溶血性レンサ球菌による咽頭炎は、子どもに多く発症します。一方、劇症型溶血性レンサ球菌感染症は子どもから大人まで幅広い年齢層に発症します。「劇症型溶血性レンサ球菌感染症の流行状況(東京都2024年)」の年齢階級別・性別報告数によれば、40代からの報告数が多く、特に70代以降は報告数が多くなります。そのため、免疫力が低下しやすい高齢者は、劇症型溶血性レンサ球菌感染症に注意が必要です。
予防方法
A群溶血性連鎖球菌感染症を予防するワクチンは開発中であるものの、まだありません。しかし、A群溶血性連鎖球菌の伝播は接触感染と飛沫感染によって起こるので、初動対応を怠らないことと、感染経路を遮断することが大切です。
1.生傷を放置しない
ちょっとした傷を負った場合でも軽くみないで、傷口は早急に水洗いするクセをつけてください。たとえば靴擦れ、トゲが刺さった、転倒して膝を擦りむいたなどで生傷ができたときがそうです。
早期対応がベストです。アルコールやマキロンのような消毒よりもまず、水洗いが効果的です。
そのあと抗菌剤が含まれている軟膏処置を勧めます。
2.接触感染対策
・新型コロナのときに学んだ手洗い、手指消毒をきちんとすること。
・傷がある場合には、傷をきれいに保つこと。
・傷や皮膚感染症がある場合には、温泉、プール、川や海に入るのは避けたほうが良い。
3.飛沫感染対策
・マスク着用が有用。
これらを行うことで、他の感染症予防にもつながります。
免疫力アップも感染症対策としては効果的です。生活習慣の改善や食生活の見直し、禁煙やアルコールの過度な摂取を控えるなどを実施してみましょう。
早期受診の目安
劇症型をはじめとした重症のA群溶血性連鎖球菌感染症は、短時間で急激に悪化するため、早期の受診が必要です。受診の目安としては、次のようなものがあります。
1)急速に広がる皮膚の赤みや熱感・腫れがある。
2)痛みの程度が強い、または赤みのある部位を超えた痛みがある。
3)意識がはっきりしない。
いつもとは比べ物にならないほどつらい、また周りの人から見て普段と比べて様子がおかしい場合には、ためらわずに受診してください。受診に適している診療科は内科や皮膚科です。夜間や休日であれば救急科を受診するなど、速やかに医療機関へ行くことが重要です。
診断や治療
初期症状は、手足の痛み・腫れ、高熱、血圧低下、めまい、錯乱状態、広範囲の紅斑、傷口やその周りを押すと強い痛みがあるなどがあります。中でも手足の急な痛みは代表的な初期症状です。
発病から進行が非常に急激で劇症であるため、数十時間で筋肉や脂肪などが急速に破壊される壊死性筋膜炎、腎臓・肝臓・肺などの機能が急激に低下する多臓器不全などが引き起こされます。その進行スピードは1時間で数センチとされ、最終的に敗血症などにより命を落とす危険性があります。
このため上記にある痛みや腫れ、高熱などの症状とともに、血流が悪化して組織に酸素が運べなくなるショック症状、生命維持に必要な臓器のうち2つ以上の機能が低下する多臓器不全が発生している場合、劇症型溶血性レンサ球菌感染症が疑われます。さらに細菌検査を行い、通常は無菌的である血液、脳脊髄液、胸水、腹水などから毒性の強い溶血連鎖球菌が検出された場合、劇症型溶血性レンサ球菌感染症と診断されます。
劇症型溶血性レンサ球菌感染症は感染症法における5類感染症であり、診断された場合は医師により7日以内に保健所に届け出ることが義務付けられています。
劇症型溶血性レンサ球菌感染症は細菌感染症であるため、治療では抗菌薬の投与が行われます。第一選択薬となるのはペニシリン系薬ですが、ペニシリン禁などペニシリンが使えないケースには他の薬が選定されます。
劇症型溶血性レンサ球菌感染症により血圧が低下しているケースでは、点滴や輸血を行います。また、ダメージを受けたりすでに壊死してしまったりした組織にはA群溶血性レンサ球菌が生息しています。さらなる組織の壊死や多臓器不全などを防ぐために、外科手術により壊死した組織を切除することが必要になってくる例も少なくありません。
備考)溶連菌の素性
細菌(いわゆる “ばい菌”)は、色素により大きく3つのグループに分けられます。この方法はハンス・クリスチャン・グラム(1853~1938)により生み出されたためグラム染色という名がついています。青紫に染まる細菌はグラム陽性菌と呼ばれ、青紫に染まらず赤く見える細菌はグラム陰性菌と呼ばれます。赤く見えるグラム陰性菌は、体表面に鞘膜で覆われているため青色色素が入らず、これが高い病原性と関係しています。
下の写真には、丸い青紫の個体と、細長い赤い個体があります。青紫のほうがグラム陽性菌でその形状からグラム陽性球菌と呼ばれます。一方の赤い個体はグラム陰性菌で、その形状からグラム陰性桿菌と呼ばれます。つまり染色具合と形状からグラム陽性球菌(黄色ブドウ球菌、溶連菌が代表)、グラム陽性桿菌(クロストリジウムや乳酸桿菌が代表)、グラム陰性球菌(淋菌が代表)、グラム陰性桿菌(大腸菌、緑膿菌が代表)の4種類に分けられるわけです。
なお、いずれの色にも染まらない第三の菌群は抗酸菌と呼ばれ、結核菌が代表です。
溶連菌の正確名は「溶血性連鎖球菌(ようけつせいれんさきゅうきん)」です。血液を含んだ培地(正式には「ヒツジ赤血球加血液寒天培地」という)に、この菌を入れると「溶血」という現象が起きます。また丸い形状の菌(球菌)がいくつも連鎖して存在することから、このような名前になりました。
溶連菌は、A群からH群、K群からW群までの計21群がありますが、とくにヒトに感染して病気を起こすのはA群β溶連菌が95%ほどを占め、化膿レンサ球菌と呼ばれます。
総じてグラム陰性菌は高い病原性を持っているわけですが、青紫に染まるグラム陽性菌でも状況によっては深刻な病態をもたらす菌があり、その代表が黄色ブドウ球菌と、今回の溶連菌です。
参考資料)
「急増する人食いバクテリアってなに? 予防法はあるの?」(MEDLEY 伊東直哉 2024年2月2日)
「人食いバクテリアはどうやって感染する?」(MYメディカルClinic 笹倉 渉監修 2024年5月1日)
「溶連菌感染症」(wikipedia)