老いとの向き合い方(後半)
加齢に伴う変化と症状の解釈
(老いとの向き合い方 前半 からの続きです)
機能低下は、自覚症状に欠けることが多い
老いの総論 1で紹介した臓器の機能低下は、どれも自覚しづらいのが特徴です。認知症も初期はわかりづらく、心不全もある程度進行して、ようやく息切れやむくみといった症状が出てきます。便秘も急には起きません。腎機能に至っては、まもなく透析が必要なところまで腎機能が落ちていてもフツーに生活できている人がいます。骨や血管についても、調べてみて20歳も年上の骨密度であったり、90代の血管年齢だと知らされて驚く人が多いようです。
臓器が担っている機能の数が少なければ、臓器の機能低下はシンプルに数値化できます。たとえば心臓の機能を駆出力に絞れば、正常と比べて2割落ちていると評価できますし、腎臓も ろ過率に絞れば、正常と比べて8割落ちているなどと定量評価が可能です。
しかし臓器が担っている機能がたくさんある脳のような場合、脳という臓器の機能低下を単純に数値化するわけにはいきません。
それでも数値として示されればまだ納得がいくのですが、連動運動の機能低下は数値化することができません。たとえば消化器系の運動がそうです。便秘の原因は蠕動運動が正常と比べて7割落ちているためですよといった説明や、誤嚥するのは嚥下機能が半分になってしまったからですといった説明は、聞いたためしがありません。
ともあれ自覚症状がないか、あっても極めて乏しいため、機能が落ちていると指摘されてもピンとこないのが、老化と向き合う点で難しいところです。なんの苦もなくフツーに暮らせてるのに、年相応に腎機能が悪いから塩分を控えなさい、心機能が落ちているから年相応の運動に留めましょうなど、なんでもかんでも年相応で済ますのはやめてくれといった声が出てくるのは致し方のないことなのでしょう。
感情面での変化 “うつ”から、脱抑制(はちゃめちゃ)までさまざま?
高齢者にみられる抑うつ症状については、本コーナー「気力が萎えてきた? 高齢者の抑うつ症状」の「老人性うつ」でも触れたとおりです。
高齢になると気分が塞ぎぎみになってしまうには、喪失感を中心とした理由があるのです。
高齢者の精神疾患のなかで,うつ病や抑うつ状態(気分障害といいます)は、認知症とならんで頻度が高いとされます。国内外の疫学調査によれば、認知症の有病率は65 歳以上の高齢者では8%程度、気分障害については、高齢者の1.8%に大うつ病が、また9.8%に小うつ病が認められ、13.5%に臨床的に明らかな抑うつ状態が認められるとの報告があります。
一方、脱抑制(はちゃめちゃ)については、その行動様式が派手であることから困ったことだと頭を抱える関係者が少なくないのですが、老化に伴って多くの人がはちゃめちゃになっていくわけではないことを知っておいてください。
以下は、老いの総論 1でも引用した長寿科学振興財団の資料にある説明の抜粋引用です。
一般的に高齢者の人格特徴は、頑固で自分中心に考えやすく、内向的で用心 深いといわれています。また、自分のからだのことをあれこれと気にしたり(心気的)、うつうつとなりやすく(うつ的)、ものごとを否定的に考えやすいなどマイナス思考の傾向にあるといわれています。これまでは歳をとるとともに身体機能も精神機能も老化し、さらに社会的にも家庭内においても役割を失っていくことから、これらの性格特徴が生み出されると考えられていました。
しかし、高齢者の心理学研究や人格の加齢変化についての縦断的な追跡研究などが行なわれ、これまでいわれてきたような高齢者特有の人格特徴などはなく、人格は中年期から高齢期においても本質的には変らないことがわかってきました。
30歳から80歳代の成人を対象に神経症的傾向、外向性、開放性の3つの性格特徴について年齢別に調べた調査では、神経症的傾向には抑うつや心気的傾向の要素が含まれていますが、高齢ではわずかですが少なくなっていました。外向性の性格特徴では年齢差がほとんどみられませんでした。 また、創造性などの性格特徴を含む人格の開放性の面でもあまり年齢による変化はみられませんでした。
たしかに、個々人の人格面を経年的にみると、少し気むずかしい性格の人が歳をとるに従い非常に気むずかしくなって、ちょっとしたことで怒り出すようになることがあります。また、少し心配性な性格の人が非常に神経質になり、洗ったばかりの手をさらに何度も洗うような強迫的な行動までみられるようになることがあります。これらは、元来そのような人格特徴を持っている人が歳をとることによって知的能力や判断力などが低下し、自分を抑える能力が弱まったため、環境に上手く適応することができなくなるからです。つまり、まったく違った性格になるのではなく、もともとあった人格特徴がよりきわだってくるためです(人格の先鋭化といいます)。
老い(加齢現象)との向き合い方
まとめておきましょう。
加齢現象には個人差があること、老いは諸機能の低下によって起きること、機能低下をもたらす臓器はいくつもあること、しかし機能低下の症状はわかりづらいこと、長く生きていると喪失感から抑うつ気分になりやすいこと、などが “老いのメカニズム” における結論です。
メカニズムはわかっていても、だから それとどう向き合えばいいのかと悩みが尽きないのも、このテーマの難しいところです。
ところで あなたは、できなくなったことばかりにとらわれていませんか? たとえば以前なら5キロのジョギングが平気だったのに、いまは1キロも走れず歩いてばかりで情けないとか……。
けれどもウォーキングをするようになって、走っていたときにはわからなかった季節の変化や人々の暮らしにハッとすることがあるとおっしゃった方がいました。
スローダウンすることで見えてくるものがあるのです。
思い返してみてください。じつは多くの人がこうした経験しているはずです。
でも、こんなみじめな姿は自分じゃない、悔しいからすぐに忘れてしまおうと、つかの間見えた景色をその都度消し去ってきた覚えはありませんか? 宝物をひとつふたつと足元からこぼしているのに、それに気づかぬふりをして、何かに憑かれたように先へ先へと目線を移してきた覚えはないでしょうか。……もし心当たりがあるようなら、それ、もうそろそろやめにしませんか?
他人と比較せず、ひとつできなくなったのなら、そのかわりできるようになったひとつを大切に育てながら生きること、それが “老いて なお盛ん” な人になる秘訣のような気がします。
最後にひとつ。リハビリ強化型デイサービスを利用されている方がいらっしゃいました。3時間ほど休みなくトレーニングをするため翌日は筋肉痛やダルさでぐったりとのことでした。ある日、体調が悪いとのことで血液検査をしたところ、筋肉がダメージを受けたときに上昇する要素が異常に高く、トレーニングによる横紋筋融解症と診断し、水分摂取の強化を指示ました。別の例では心不全が悪化していたケースもありました。トレーニングを積む場合は、年齢と基礎疾患を考慮する必要がありますが、メニューを組む側にいらっしゃるトレーナーもその点に十二分の配慮をして欲しいと感じました。