歯磨き、していますか?
口腔ケアという用語を、ときどき耳にします。歯磨きを励行しないと誤嚥性肺炎になったり、認知症になったり、筋力低下から寝たきりになったりするなどと聞きますが、理由がわかりません。
概説を、とのリクエストがありました。
高齢者にとって口腔ケアが大事な理由は、単に「歯をきれいに保つ」ことにとどまらず、全身の健康や生活の質(QOL)に直結するためです。以下に主な理由を挙げます。
1.誤嚥性肺炎の予防
高齢者は嚥下機能が低下しやすく、口腔内の細菌が気道に入り肺炎(誤嚥性肺炎)を起こすことがあります。
誤嚥性肺炎の主な原因は、口腔内の細菌
高齢者や嚥下機能が低下した人は、唾液や食べ物と一緒に、口腔内の細菌を誤って気道に吸い込む(誤嚥)ことがあります。このとき、口の中が不潔であると、肺に入り込む細菌の量・種類が多くなり、肺炎を発症しやすくなります。
口腔ケアで細菌数を大幅に減らせる
歯磨きや舌の清掃、義歯の洗浄、保湿などの口腔ケアを行うことで、歯垢や舌苔に繁殖している細菌を除去すると、炎症(歯周病など)が抑えられ、その結果として、誤嚥時に肺へ入る細菌が減り、肺炎リスクが大きく下がります。
科学的エビデンス
2006年の有名な研究(Yoneyama et al.)では、専門的口腔ケアを受けた高齢者群で、誤嚥性肺炎の発症率が有意に低下することがわかりました。また、看護師や歯科衛生士による定期的な口腔清掃は、誤嚥性肺炎の再発率を減らすことが示されています。
口腔内を清潔に保つことで、病原菌の数を減らし、肺炎のリスクを下げることができます。
2.認知症やフレイル(虚弱)の予防
最近の研究では、口腔機能の低下(オーラルフレイル)が、認知機能の低下や全身のフレイルの進行と関係していることが示唆されています。口を使う機会が減ると、脳の刺激も減り、認知機能が衰えやすくなります。
口腔ケアが、なぜ「認知症予防」になるのか?
① 咀嚼・嚥下による脳への刺激
よく噛むことは、脳の海馬(記憶に関わる部分)を刺激します。咀嚼回数が少ない人ほど、認知機能の低下が早いという研究も多数あります。歯が残っていて、しっかり噛める人は、認知症リスクが低いことがわかっています。
② 歯周病による慢性炎症が脳に影響
歯周病菌やその毒素(LPS)が血流に乗って、脳に炎症を起こす可能性があると考えられています。特にアルツハイマー型認知症では、炎症やアミロイドβの蓄積が進行に関与しています。よって口腔内を清潔に保ち、歯周病を防ぐことは、神経変性のリスク低減に寄与します。
③ 口腔ケアによって社会的交流・自信が保たれる
口臭や義歯の不具合で、人との会話や外出を控える人も多いです。清潔な口は、人とのつながり・会話・笑顔の維持につながります。孤立や引きこもりを防ぎ、認知症の危険因子を減らせることになります。
口腔ケアが、なぜ「フレイル予防」になるのか?
① 「オーラルフレイル」は全身フレイルの入り口
噛めない、飲み込みにくい、滑舌が悪いなどの軽微な口腔機能低下を放置すると、食事量の減少が起き筋力低下を招く結果、サルコペニア、転倒、要介護という悪循環に陥ります。
口腔機能を維持することが、体の機能全体の維持につながるわけです。
② 口腔ケアで栄養摂取がしやすくなる
痛み、不潔な口腔内、義歯の不具合などがあると、食事を避けて低栄養に陥りやすくなります。清潔な口腔内は食欲・食事の質を保ち、栄養状態を維持できます。
③ 嚥下機能・発声機能の維持にも
舌や口腔の筋肉が使われることは、誤嚥を防ぎ、誤嚥性肺炎予防する上で効果的です。発声がスムーズになると、会話や社会参加の機会も維持されます。
3.感染症の予防(全身疾患との関連)
口腔内の慢性的な炎症(歯周病)は、糖尿病や心疾患の悪化、低栄養や慢性炎症と関連があります。清潔な口腔環境は、これらの疾患の予防やコントロールにもつながります。
歯周病が糖尿病や心疾患、低栄養や慢性炎症と関連する理由は、共通する「全身性の慢性炎症」と「細菌感染の波及」にあります。
歯周病と全身疾患が関係する主な理由
歯周病は慢性炎症である
歯周病は、歯周ポケットにいる細菌によって引き起こされる慢性の感染性疾患です。歯周病があると炎症性サイトカイン(IL-6、TNF-αなど)が大量に分泌され、全身へ波及します。
■ 各疾患との関連メカニズム
🟡糖尿病との関係(相互悪化)
歯周病による炎症性サイトカインが、インスリンの働きを邪魔し、インスリン抵抗性を悪化させます。一方、糖尿病があると免疫力が低下し、歯周病が治りにくく進行しやすいとされます。
🟡心疾患(動脈硬化、心筋梗塞など)との関係
歯周病菌が血流に乗って血管内皮に付着し、プラーク(粥状の塊)形成を促進させることがわかっています。さらに、歯周病由来の慢性炎症が動脈硬化を悪化させることも知られています。歯周病があると、心筋梗塞・脳卒中のリスクが1.5~2倍に上がるとの報告もあります。
🟡低栄養との関係
歯周病が進行すると、噛む・飲み込む機能が低下し、食べにくくなります。
結果として食事摂取量が減少し、低栄養につながります。
特に高齢者では「オーラルフレイル(口の虚弱)→サルコペニア」という悪循環になるリスクがあります。
🟡慢性炎症との関係
歯周病は、体にとって“火種”のような炎症源です。持続的な炎症により、免疫・代謝に負担をかけ、がんや認知症との関連も示唆されています。
4.栄養状態の改善・維持 生活の質(QOL)の向上
歯や義歯の状態が悪いと噛めない、飲み込めないといった問題が生じ、食欲不振や栄養失調につながります。良好な口腔状態は、食べる楽しみの維持にもつながります。
またきれいな口元、しっかり話せる口、痛みのない口は、会話や社会参加、自己尊重感に大きく影響します。自信をもって笑い、話すことができることは、高齢者にとって非常に重要です。
口腔ケアは「清潔ケア」だけでなく、「命を守るケア」とも言われています。
5.口腔ケアの仕方 歯磨きのコツ
口腔ケアの基本は、歯垢(プラーク)をしっかり除去することです。
以下に、正しい歯磨きのポイントをまとめてみました。
🪥正しい歯磨きの仕方
- 歯ブラシの持ち方
ペンを持つように軽く握り、力を入れすぎないようにします。 - 毛先の当て方
歯と歯ぐきの境目に45度の角度で毛先を当て、小刻みに5〜10mm幅で動かします(バス法)。 - 1本ずつ丁寧に
1か所につき20回以上、1〜2本ずつ磨くのが理想です。 - 順番を決めて磨く
磨き残しを防ぐため、奥歯から前歯へと一定の順序で磨きましょう。 - 歯間ケアも忘れずに
歯ブラシだけでは届かない歯と歯の間は、デンタルフロスや歯間ブラシを使ってケアします。 - タイミングと頻度
食後30分後と就寝前がベスト。特に寝る前は丁寧に磨きましょう。 - 歯ブラシと歯磨き粉の選び方
毛先が開いていないものを使い、1か月に1回交換をしましょう。虫歯予防としてはフッ素が入っているものが推奨され、歯周病対策としては歯垢の増殖を防ぐCPC(塩化セチルピリジニウム)、トリクロサン、クロルヘキシジンなどが入っている歯磨き粉が推奨されます。また知覚過敏のある人は硝酸カリウムや乳酸アルミニウム含有製品がよいとされます。
✨プラスαの口腔ケア
- デンタルリンスは、殺菌効果をプラスしてくれます。
- 舌ブラシで舌苔(ぜったい)を除去する方法もよいとされます。
- さらに定期的に歯科医院で検診を受けることで、プロのチェックを受けましょう。
🦷 高齢者向けの口腔ケアの基本
1.器質的ケア(清掃)
- 歯ブラシは柔らかめを選び、力を入れすぎずに磨きます。
- 歯間ブラシやフロスで歯と歯の間も清掃しましょう。
- 舌ブラシで、舌苔(ぜったい)を優しく除去してください。
- 入れ歯は外して洗浄し、口腔内も清潔に保ってください。
2.機能的ケア(リハビリ)
- 口腔体操(「パ・タ・カ・ラ」発声や頬のマッサージ)で嚥下機能を維持。
- 唾液腺マッサージで唾液の分泌を促進し、口内の乾燥を防ぎます。
3.保湿ケア
- 高齢者は唾液が減りやすいため、保湿ジェルやスプレーを使って口腔内を潤すことも効果的です。
4.ケア時の姿勢と注意点
- 誤嚥を防ぐため、顔を横に向けて顎を引いた姿勢で行います。
- うがいが難しい場合は、口腔ケア用のウェットティッシュやスポンジブラシで拭き取ります。
5.やってはいけないこと
イソジン(ヨード製品、茶色いうがい薬)を濃くして口腔内清浄をするのは避けましょう。
口腔内には細菌がたくさんあり、それが歯周病の原因となっているのは事実ですが、口腔内細菌叢といって細菌同士はバランスをとって生きています。イソジンは消毒作用がとても強いため、口腔内に長くとどめていると常在細菌の多くが死滅していきます。それによって弱毒菌やカビが生えることがあります。
以前、舌が黒くなってヒリヒリするとやってきた方がいらっしゃいました。お話を伺ったところ、歯周病にイソジンが効くと聞いて、イソジンを濃い目にして1~2分口腔内でぶくぶくと洗浄していたとのことでした。これは黒毛舌と呼ばれ、舌にカンジダと呼ばれるカビが異常増殖することで生じます。
6.口腔内細菌叢を整える生活習慣
口腔内細菌叢(こうくうないさいきんそう)とは、口の中に生息する多種多様な細菌の集まりのことを指します。腸内細菌叢と同じように、口腔内にも数百〜千種類以上の細菌が共存しており、それぞれがバランスを保ちながら「口腔内の生態系」を形成しています。
🦠 主な特徴
- 細菌の種類:ミュータンス菌、ラクトバチルス菌、ポルフィロモナス・ジンジバリス菌など、虫歯や歯周病に関与する菌が多く含まれます。
- 生息場所:歯の表面、歯肉溝、舌の表面、頬の内側など、部位ごとに異なる細菌叢が存在します。
- 役割:外来の病原菌の侵入を防いだり、唾液と連携して口腔内の健康を保つ働きがあります。
🧬 最近の研究トピック
- 口腔内細菌が腸内細菌叢に影響を与える可能性があることがわかってきており、全身の健康との関係が注目されています。
- 特に歯周病菌が腸内に定着し、炎症性腸疾患やがんとの関連が示唆される研究もあります。
つまり口腔内細菌叢は「口の中だけの問題」ではなく、全身の健康を左右する重要な存在です。
口腔内細菌叢(こうくうないさいきんそう)を整えるには、「善玉菌・悪玉菌・日和見菌」のバランスを保つことがカギです。
以下のような生活習慣が、細菌叢の健全なバランス維持に役立ちます。
🪥1. 正しいオーラルケアを習慣に
- 1日2〜3回の丁寧な歯磨き(特に就寝前)
- 歯間ブラシやフロスで歯と歯の間も清掃
- 舌ブラシで舌苔を除去し、細菌の温床を減らす
- 定期的な歯科検診でプロのケアを受ける
🥗 2. 食生活の見直し
- 砂糖や精製炭水化物(※)の摂取を控える。(悪玉菌のエサになります)
- 発酵食品(ヨーグルト、納豆、味噌など)を積極的に摂取(善玉菌をサポート)する。
- 食物繊維を多く含む野菜や海藻類で腸内・口腔内の菌バランスを整える。
※)精製炭水化物って何?
精製炭水化物とは、加工によって食物繊維や栄養素が取り除かれた炭水化物のことをいいます。白米、白パン(精白小麦)、菓子類に使われる精製砂糖、パスタ(精白小麦)などです。
健康への影響としては、以下の3点が指摘されています。
・血糖値の急上昇:消化吸収が早く、食後血糖値が急激に上がる。
・栄養価の低下:ビタミン、ミネラル、食物繊維がほとんど含まれていない。
・肥満や生活習慣病のリスク:糖尿病、心血管疾患などとの関連が指摘。
このため健康を意識するなら、未精製の炭水化物を選ぶことが推奨されます。
💧 3. 唾液の分泌を促す
- よく噛んで食べることで唾液が増え、細菌の繁殖が抑制されます。
- 水分補給をこまめにすると、口腔内の乾燥を防ぐことができます。
- 唾液腺マッサージや習慣的にガムをかむことも効果的です。
🚭 4. 生活習慣の改善
- 禁煙:タバコは悪玉菌の増殖を促進します。
- ストレス管理:ストレスは免疫力を低下させ、菌バランスを崩します。
- 十分な睡眠と規則正しい生活も、免疫と菌叢の安定に貢献します。





