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健康長寿サロン

生きづらさ、感じていませんか?

最近では、タレントのりゅうちぇる(ryuchell)さんの事例があるように、他者との交流が個々の人間にどんな影響をもたらすのか考えさせられる機会が増えたように思う。

多様性と人間関係、現代日本人の背景、グローバル化、多様性への意識の変化などについて、自分でもあれこれ考えるようになった。そもそも多様性の定義とは何なのか。

価値観形成の背景は生まれ育った環境や学んだ知識、経てきた職業と人とのかかわりなどが、自分の価値観を作り上げた素地にあると思う。それでは現在の自分の価値観は? というと、認めたいこと、認めてもいいこと、どうしても認めたくないこと、認められないことなどが渦巻いている。

他人の価値観をすんなり認める行為が多様性だろうか。現代を生きながら、無意識の偏見を持っていやしないか、他者が傷つくような言動を無意識のうちに放っていやしないか、そうしたことをあれこれ考えると、とても生きづらくなっているのが現代ではないかと考えるときがある。

生きづらさを感ずる現代といったタイトルでお話をとのリクエストがありました。

 

 

 

いただいたテーマは難しく、奥深く、1時間という時間内で語り終えることができない内容だと感じました。そこで ご意見と向き合って思いつくままにあれこれ書き綴ってみました。

なお内容に関するキーワードを、ネットや文献からの説明やコラムを添えて、後半部分に並べておきました。

 

最初にお断りしておきますが、キーワードを選択すること自体が恣意的行為ですし、ネットにある説明文の選定も恣意的になってきます。つまりわたしがキーワードと思えた内容は、別の人からみればどうってことない用語であったり、キーワードの説明やコラムをセレクトするなら別の引用のほうが的を射ているとのご意見もあるでしょう。

……気づきましたか? それこそ多様性がなせる業です。価値観がわたしとあなたとで異なるから、あなたがた同士でも異なるから、こうした現象が起こるわけです。

 

生きづらさを感じている高齢者は少数派? 

手始めに「生きづらさ」と「理由」という2つの要素を掛け合わせてネット検索してみたら、理由の第一は家族の問題、第二は教育の問題といったキーワードが出てきました。

またあるコラムでは、生きづらさを感ずる人の特徴として、身の丈以上の理想を求めてやまないタイプや、他人のマネをしたくないと独自の道にこだわるなどミョーなプライドがある人、さらに他者の目が気になる人などが挙げられていました。

さらに、ホントウの自分とは何? と自分探しをする行為や、実りある人生にするために人より秀でていたいと願う気持ちは、いずれも生きづらさの温床になると説いている宗教家もいました。

 

……高齢者の悩みとしては、ピンときませんね。さすがに高齢者ともなれば身の丈はわかっているでしょうし、齢を重ねて自分探しをする人もまずいないだろうと思われるからです。

つまり生きづらさの理由を探ろうとするなら、年齢層による差異を考慮する必要があるでしょう。

そこで「現代の高齢者が生きづらくなっている理由」に的を絞って、もう一度ネット検索したところ、なるほどと思える資料に出会えませんでした。自分で考えろということでしょう。

ひょっとしたら、生きづらさを感じている高齢者もいるだろうけれど、それ以外の年齢層の人のほうが、もっともっと生きづらさを感じているため、ネット検索でヒットしなかったのでしょうか。

大半の情報はネット経由でたやすく手に入る時代です。そのネットで引っかかってこないのであれば、生きづらさを感じている高齢者は、意外に少ないのかもしれません。

 

高齢者はどんなときに、生きづらいと感ずるのでしょう。

ひとことでいえば、長いこと生きてきたものの、“これまであたりまえだったこと” や生活様式が、自分の知らないところで変わってきたことに戸惑いを覚え、どうやらそれが消えることはないらしいと悟ったときではないでしょうか。

習慣や慣習は、一朝一夕に変えられるものではない、といった点も関係しているのでしょう。

 

次々と現れてきた“知らないこと”

わたしたち高齢者は日々暮らしていて、ふと戸惑ったことがありました。たとえばニュースや時事番組をみていて「知らないことに出くわした」ときです。少しむかしの話でいえば、パソコンや携帯電話、スマホがテレビで紹介されたときがそうでした。

近い将来、一家に一台パソコンがある時代になるといわれたところで多くの人は想像できず、そんなはずはないと思っていました。パソコンつまりパーソナルコンピュータは電子頭脳であり、またワードプロセッサです。そんなものは家庭に必要ない、と感じたからでしょう。

携帯電話もそうでした。映画マルサの女がよく取り上げられますが、重い弁当箱のようなものが当時の携帯電話でした。どこでも電話が掛けられるのは便利だが、重いし、通信料は数秒で10円などといわれましたから電話代もかかる。限られた一部の人だけが使うのだろうと思ったわけですね。

 

携帯がどうにか普及して便利になったと思ったあとに、スマホが紹介されました。長い間、いわゆるガラケーを使っていた人からすれば「スマホは電話である以上にパソコンなんです!」などと言われたところで、ケータイは電話とメールと美しい写真が撮れれば十分、それにパソコンならデスクでやればいいじゃないかと思ってしまったわけです。

いまではすっかり世のなかに溶け込み、多くの高齢者がスマホを駆使しています。以前は「?」だったことが、生活に組み込まれていくことで〇になる。〇に入る単語は人それぞれです。「便利」「煩雑」「ムダが増えること」「本業が滞ること」「子どもの将来が心配」あたりでしょうか。

 

最近のわからないこと あれこれ

最近の話でいえば、LGBTQとかSNS、SDGsやダイバーシティなどが、知らないことやワカラナイことの代表でしょう。横文字とか略語じゃわからないから日本語にしてよ、とお願いしてみても「SDGsとは、持続可能な開発目標のことです」と言われてしまえば、天を仰ぐしかない――なんのことやら、さっぱりわからないわけです。

SNSという横文字は何ですか、と問えば「ネット上で自由に投稿できたり、個々人が繋がれたりするサービスのこと。ラインとかインスタとか、いいねとか拡散希望などは、みんなSNS関係です」との答えが返ってきます。「ツイッターでつぶやくことだって可能なんです」。

……意味不明、理解不能。画面でつぶやいてどうするんだと、高齢者はまた天を仰ぐわけです。

 

ダイバーシティとは? と尋ねれば「多様性のことで、ある集団のなかに異なる特徴や特性を持つ人がともに存在すること」と説明される。そんなの今に始まったことじゃない、あたりまえのことで、敢えてカタカナを使う必要はないのでは、と多くの人は思うでしょう。

そこで、これまでと何が違うのですか? と改めて問うと「要するに一人ひとりの違いを認め、尊重しましょうってことですよ」との説明が返ってきます。それだって、あたりまえじゃないかと思う。

「でもそれができていないから、女性は昇進が遅れてキャリア形成ができず、同性カップルが生きづらくなり、子育てがハンディになり、人と違う意見は口にしづらく閉口してしまい、空気ばかり読むようになってしまうから 個々の能力が発揮できなくなるんじゃないですか」などと少しイライラした相手から説明されると、聞いていた側は、途端に????となってしまう。

具体的説明が突飛すぎていて、いったい何の話だったかわからなくなってしまうのです。

 

個人情報保護法による弊害

日本語ならわかりやすいかというと、そうとは限りません。個人情報保護法の例がわかりやすいでしょう。まったくワカラナイ話の例としてわかりやすい、といった皮肉な話です。

この法は2003年に成立し、2005年から全面施行になりました。分厚かった電話帳がいつの間にか消えたのは、個人情報がダダ洩れだったというのが理由のようです。そのほか、表札に名前のない家が増えた、ご近所と仲良くしようにも隣人の苗字すらわからない、自治体は 独居老人に関する情報を民生委員に提供しなくなった、地域の緊急連絡網作りに住民の協力が得られなくなった、保育園での写真掲載ができなくなった、クラス全員の連絡先はなくスカスカ状態の連絡網表が配られた……。

 

いずれも個人情報を保護してプライバシーを守るといった姿勢からの行為と思われがちですが、そもそもプライバシーの保護と、個人情報の保護は別であって、そこがすっかり混同されていると指摘する識者もいます。

だったら個人情報保護法をみんなで学べばいいじゃないかといわれそうですが、それはできません。

なぜならこの法は、えっと驚くほどたくさんあるからです。

 

個人情報の取扱いを定めている法令は「個人情報保護法」のほかに、国に対する「行政機関個人情報保護法」、研究機関・国立大学・国立病院などに対する「独立行政法人個人情報保護法」があります。さらにそれぞれの自治体は「個人情報保護条例」を作成して、地域住民の個人情報を守るという立場をとっています。47都道府県、1718市町村(2014年4月現在)、東京23区、100超の広域連合に各々の条例があり、合計すると約2,000という数になるため「個人情報保護法の2000個問題」と呼ばれます。

居住地区の法と国が定める法は、どこでつながり、どこがちがうのか。

ありふれた疑問ですが、説明してくれる人は どこにもいません。

 

個人情報を保護するというシンプルな目的に対して、微妙に異なる法が乱立しているため、実生活への影響があれこれ危惧されています。たとえば個人情報保護条例が自治体ごとに異なるので、災害が起きたとき配慮を要する人や一般患者、要介護者の生命を確保するための利用・活用に、地域差ができてしまう――そうした指摘があります。

解釈や手続きがバラバラでは、自治体同士の連携はできません。

 

さらに官民で異なる規律だと、監督官庁の所在があいまいになっていきます。

いつ起こるかも知れない有事の対応がとりわけ危ぶまれており、先に示した災害対策に加え、医療関係、テロ対策の3つが懸念材料とされます。

現に、2011年に起きた東日本大震では、個人情報保護法がネックになりました。災直後に、自治体が保有する災害時要配慮者の個人情報を 民間支援団体に提供して支援や安否確認をした自治体は、2自治体(岩手県、福島県南相馬市)しかありませんでした。災害時ですら、自治体発信の個人情報「保護」への過剰反応が、迅速に人々を守る行動をブラックボックスに封じ込めてしまう好例です。

 

知らないでいることは罪といわれる時代

ともあれ、やたらに増えた“わからないこと” で、いつのまにか生活が窮屈になったのは、疑いようがありません。わからないコトでがんじがらめにされて、わたしたちは誰もが立ちすくんでいます。

……そんなことまで知らないと、今の世のなか生きていけないの? と問うたところで、

「今の世のなかはね、知らないこと自体が罪なんです。差別は無知から生まれること、知ってます?」などといわれてしまうでしょう。

 

スマホのような新たなツールや、よくわからない横文字が登場したとき、生きづらくなるかどうかは、それらがどれくらい生活に組み込まるかどうかによります。

世のなかに登場したところで、個々の生活から遠いところにあるものなら、生きづらさへの影響はありません。新たなものが生活に組み込まれることが必至であり、それがわけのわからないものであればあるほど、生きづらい世のなかになったと感じてしまうのでしょう。

 

ここまでは、実社会から影響を受けたことによる生きづらさについての話でした。

ここからは、個々の人間関係から生まれてきた生きづらさについて考えてみます。

 

 

人と人との関わり合いから生まれる生きづらさ

何年も生きているうち、生い立ちや経験がその人らしさを形成していきます。その結果として多様な人たちが社会に生まれることになります。けれどもその人たちがなんの行動も起こさず、しゃべらないで暮らしているなら、多様な人たちがい・る・だけです。そこに多様性を認めてもいいけれど、多様性なるものが単純に、かつ純粋に存在するだけであって、どこにも誰にも影響を及ぼさない。

無人島で暮らせば人間関係に悩むことはない、といった話とよく似ています。

人間関係がな・い・世界なら、人間関係による悩みは生じないのです。

 

問題や衝突が起きてくるのは、ある人が表出した動作が、他の人にとって許容できないようなときでしょう。たとえば「今度越してきた人は、〇〇地方の出身だから暗いんだな」といった言動がそうです。実際この意見は耳にしたことがあります。

あるいは「子育てした経験がない人には、わたしたちの心配や苦労はわからないわよ」とする言動。これも実際に聞いた経験があります。いずれも絵に描いたようなステレオタイプな表現です。

モンスター・ペアレントと言われる人たちは、子育て経験者でしょう。それを盾に取って経験者だからこそわかり、経験していない人にはわからないと決めつける言動は、多くの人にとって許容できません。だから衝突が起こるのです。衝突だけならまだしも、身勝手な注文をつける親たちに閉口して凹み、心身を病んで学校に来られなくなったり、教職を離れていった教師たちがいるのです。

また、〇〇地方というからには一定の人口を持ったエリアですから、そこにはさまざまな性格の人がいるはずです。けれども、それを一色に染め上げるような発言を聞いた〇〇地方の出身者や関係者は、容認できません。いったい、なんなんだこいつは、といった反発心が湧いてくるわけです。

 

社会環境が、人間の性格を変えてしまう?

ところで、個々の人間にみられる性格–––たとえば怒りっぽいとか飽きっぽいとか、気分の浮沈が大きいなどは、長い歴史のなかで真新しいものはひとつもありません。心療内科や精神科領域で新たに登場した性格の呼称もあるにはありますが、それはもともと適切な呼称がなかっただけのことです。

こうした事情は心療内科/精神科に限らず、内科でも他の診療科でも同じです。とくに難病といわれる疾患群をみるとよくわかります。たとえば1p36欠失症候群とかペルオキシソーム病といった疾患は、以前なら原因不明の病態と思われていた疾患でした。病気自体はあったけれど、当てはまる病名がなかっただけで、疾患自体が新たに生まれたわけではないのです。

 

人々にみられる性格が自・然・に進化するので“ない” のであれば、生きづらさの理由を個々人の“素地” としての性格に求めることはできません。

生きづらさの本質は、生活を取り巻く環境の変化に求めるのが自然でしょう。

じじつ、生活環境の変容は、人に気持ちや性格の変化をもたらします。たとえば、このところ気分がすぐれず、医療機関を受診したら抑うつ状態にあると言われた高齢者がいたとします。

思い当たることはありますか? と問うたところ、ある人では配偶者を半年前に亡くしたことがわかったとしましょう。生活を取り巻く環境が大きく変わったことと、愛しい人の死が抑うつ気分をもたらしたのだろうと医師は考えますから、古来からあったタイプによる発症との解釈が相応です。

 

一方、抑うつ状態にある高齢者の口から「平成不況ですっかり心を病んで退職した長男は、その後離婚してひとり暮らしをしているが、今も定職につけない状態にある。あの子はこの先大丈夫だろうか」とか「就職氷河期で就職できないまま結局無職の状態が続いている次男と同居しているが、この先自分が先に永眠したらこの子はどうなるのだろう」といった話が聞かれたとします。前者も後者も失われた30年の負の遺産であり、とくに後者は8050問題と呼ばれるパターンかもしれないと医師は思うでしょう。こちらは古来からあったタイプでなく、現代ならではの苦悩と考えるのが妥当です。

 

村社会化していく現代

さて先ほど「今度越してきた人は、〇〇地方の出身だから暗いんだな」とか「子育てした経験がない人には、わたしたちの心配や苦労はわからないわよ」と語った人の話をしました。

このような話をする人は、さぞかし誰にも相手にされないだろうと思うのは、お門違いです。そうした意見の持ち主たちは徒党を組みます。もはや閉鎖空間になった世界では、似た者同士の意見がまかりとおる空間になっています。けれどもその閉鎖空間は、外からみると異様な世界と化しています。

 

典型的な場は、村社会です。

村社会とは「集落に基づいて形成され、有力者を頂点とした序列構造を持ち、余所者(よそ者:他の地域や社会から来た人)を受け入れようとしない、古くからの秩序を保った排他的な社会を指す。同類が集まって序列をつくり、頂点に立つ者の指示や判断に従って行動したり、利益の分配を図ったりするような閉鎖的な組織・社会を村にたとえた語。談合組織・学界・政界・企業などに用いる。村社会にはしきたりがあり、それを破ったものには村八分などの制裁が科せられる。そこから派生して、同じような悪習を持つ閉鎖的な組織や社会も村社会と呼ばれる」

とウィキペディアでは説明されています。

村社会という呼称は古めかしいですが、内容は斬新で、学校や会社でのイジメ問題、事業展開をする会社同士での談合や、学界・政界でみられるしきたり、また仲良し倶楽部から派生した締め出し行為など、現代社会のいたるところに村社会があることが、先の説明からもわかるでしょう。

 

しかし村社会化されたエリアは、多くの人が振り向きもせず、気にもかけなくなってくると、内部にいた人たちは目を伏せて外部に移りゆき、自然に解体していくものです。

反対に、村社会化されたエリアが多くの人たちにとって居心地がよい世界になっていくなら、特殊世界である“内部” に入っていく人が増えていきます。SNSによる小競り合いが、小競り合いレベルで済まなくなった世界は、もはや村社会と化しています。また戦争を盛んにしかけてくるような国々は、この特殊な内部と、常識的外部の構成比率が逆転してしまったのでしょう。

 

他人ごとの社内教育 人権トラブルは、“よそさま” のできごと

いまさらのように現代社会で多様性がキーワードになってきた背景には、えこひいきや仲良し倶楽部がまかりとおる村社会化した風潮への警鐘があるような気がします。多様な人たちがいるのは動かしがたい事実なのだから、自分が生きてきた作法によってステレオタイプに、かつ不用意に他人を蹂躙し、縛り上げる行為はやめませんか、という静かなる声です。

 

もうひとつ、タレントのりゅうちぇる(ryuchell)さんの事例からみえてくるのは、人権問題でしょう。かくも執拗に人権を踏みつぶして相手のこころに刃を突き付ける行為は、本来見なければいけない部分から目を逸らし、他者から見えにくい些末な部分で小競り合いしている点において、ニッポンの社会で堂々と展開されてきた“胡散臭さ” と同じ腐敗臭がします。

 

現代のニッポンでは、人権研修という名で企業でも研修が行われています。

始まったのは1990年代からです。ウィキペディアの「人権教育」にある参考文献が1994年以降であることからも、その時期から行われるようになったとみてよいでしょう。

発端は被差別問題(同和問題)でしたが、あるとき某企業の人事担当者から連絡があって、人権研修としてエイズと人権という名でお話ししてくれませんか、との依頼がありました。

その翌年は、ハンセン病と人権というタイトルでの依頼でした。その会社の人事部長さんは、どこかでハンセン病と人権の研修を受けてこられたようで、いたく感動し「いや、こうした社会があること自体、まったく知らなかった。勉強になった。人権問題は、こうした存在があることをまず知ることが大事なんだな」などといいました。

正直、なんと呑気な とあきれ、人事屋さんにとって、人権とは他人ごとなのだろうと失望しました。

 

いまはどうか知りませんが、当時はいろいろな会社が同じテーマの人権研修を、一斉に行っていました。ある年はこれ、次の年はこれといった感じでテーマが決まり、人事担当者が集まったところで受けた研修がひな形になっていました。人権研修はこうやるのですよと教えられ、それを持ち帰った人事課員が各社で展開していく方法が一般的だったのでしょう。

自分たちの問題、いま直面している喫緊の問題としてタイムリーにとらえられない欠陥が、人事屋さんにはあります。本来見なければいけない部分から目を逸らして棚上げし、お宅はどうです? そちらはどういった対応をしていますか? と聞き回ることは得意であっても、自分たちの手で解を出そうとはしません。どういうわけか、企業風土にも似た人事屋風土といえる胡散臭い体質が人事部門に居座っており、どの会社も似た色を帯びています。

人は入れ替わっても、この体質が変わる気配はありません。“風土” とは、根強いものです。

 

失われた30年がもたらした負の遺産

人権研修が始まった1990年代というのは、揺れに揺れた10年でした。1991年に始まった第一次平成不況(バブル崩壊期)を経験し、1997年に起きた第二次平成不況(アジア通貨危機、金融危機)も経験し、2000年に起きた第三次平成不況(デフレ)の前触れが目前まで押し寄せていたからです。

このため多くの労働者が自信を失っていった10年でした。

メンタルダウンする人、過労死や過労自殺をする人が徐々に増え、いよいよ1998年には自殺者が前年の8千人増となって、一気に3万人を超えました。

 

しかしこうした不幸が生まれたのには理由がありました。後段に掲げたキーワード「格差社会」の説明にあるとおり、1995年という年は、当時の日経連が会社の人材を3つの階層に分けようと動き始め、そのツールとして目標管理制度による成果主義導入を決めた 成果主義元年と呼ばれる年です。

自分たちが階層化され、第三の階層(雇用柔軟型人材:経営幹部や専門職を除く、その他大勢)になれば現在の条件で会社に残ることが不可能になるとも知らず、社員たちはまじめに年間目標を打ち立てました。数値化された目標の達成度を年二回にわたって厳しく査定するのは、にわか研修を受けた管理職層であり、管理職層を研修指導したのは、社内・社外の人事部門でした。

研修で学んだ“査定の手法” により、大半の社員はマイナス査定を受けました。

 

成果主義元年から一年、二年と時が経ったときは、上司からのイジメや罵声の横行、反対にITを得意としない上司層には部下からの“教えてあげない” という無言のイジメが、多くの会社でみられるようになりました。自分の目標が未達ならマイナス評価される、査定は賞与や給与と紐づけられているからマイナス査定なら年収は即ダウンする、マイナス査定される同僚や部下がいればいるほど独り勝ちできる、部下を教育しても競争相手が増えるだけ ……だからあんたたちに協力しているヒマなんかないんだよ、といった姿勢が、多くの会社で主流になっていったのです。

あらゆる業務を強引に数値化して目標管理するという手法によって社員たちは厳しく査定され、成果が得られなければ減点する人事考課、つまり成果主義が人間性を削いでいきました。

 

職場の人間関係がいよいよ悪くなり、事業成績も延々と向上しないなかで「寝た子をおこすな」とばかり、しきりに目を外に向けていた人事屋さんたちも、心身を病んでカイシャに出てこられなくなった社員の急増、過労死や過労自殺、自殺者3万人越えといった事実から 人権問題は身近にもあるらしいとさすがに気づいたようで、エイズやハンセン病の課題から一転、ハラスメントという用語を皮切りに“働く人のメンタルヘルス” みたいなタイトルで、人権研修が行われるようになっていきました。

 

その後、多くの会社が停滞状態に入りましたが、国の方策で事業に挑戦せずとも株価が上がることのうま味を覚えたカイシャは、チャレンジを避けるようになって国際競争力を失っていきました。

失われた10年は20年に延び、近年は失われた30年とも呼ばれます。

 

成熟社会と荒ぶ精神

ともあれ1990年代に端を発したジャスト・イン・タイム労働(必要なときにだけお声かけがある働き方)という雇用方法が現在も居残り、旧日経連が掲げた第三の階層ともいうべき雇用柔軟型(経営幹部や専門職を除く、その他大勢)に属する人が大勢生まれました。目論んだ青写真どおりの結果になった点では立派でしょうが、歴史的にみる限り 1990年代の負の遺産といっていいでしょう。

かつて和気あいあいと家族的だった会社はみごとに崩壊し、自分の能力を高く買ってくれる会社に移り行くことがキャリアアップだと信ずる人が増えているとも聞きます。だから転職サービスや人材派遣の会社は、1990年代も2000年代も2010年代も忙しかったし、2020年代も忙しいのでしょう。

こうした産業が成長したのも、1990年代の遺産です。

正の遺産か負の遺産かは、個々の経験や解釈によって分かれる気がします。

 

成熟社会になって、必要なモノや便利なモノがひととおりそろい、生活は豊かになりました。

……そうでしょうか? 本当に生活は豊かになっているのでしょうか。

モノはそろったけれど、ホントウの豊かさとは何? といったことがよく話題になります。

そういえば、2022年6月にショッキングな話題がありました。「底辺の仕事ランキング一覧」というリストを打ち出した会社があり、「底辺職と呼ばれている仕事は、誰でもできる仕事である場合が多いです」「底辺職と呼ばれる仕事に就きたくない方は、転職したり、スキルや資格を身に付けることが重要です」といったメッセージを、就活生に向けて発出しました。

たちまち批判が相次いだため、指摘を受けた就活情報サイト運営会社は、記事を削除することになりました。(J-CASTニュース 2022年06月29日)

「ショッキングといえばショッキングだが、成熟社会における就活戦線を、こうした胡散臭くて貧相な思想が支配していると思うと世も末、荒ぶ精神がはびこるイヤな世のなかになった。就労経験のない若い人たちを煽り、洗脳するような就活会社が増えてきた」と、ある識者は嘆きました。

 

成熟社会は、貧相な思想と抱き合わせなのでしょうか。先日も、インスタが炎上した理由をテレビで紹介していましたが、いずれも嫁姑争いのようで胡散臭く、貧相な突きあいバトルのようでした。

ゲマインシャフト的だった会社は崩壊し、ゲゼルシャフト化する社会。そうであれば転職も“あり” でしょう。たしかにテレビでは、いまも盛んに転職のCMが流れています。したい仕事が自由に選べる成熟社会では、転職するもしないも個人の自由です。

けれどもヘッドハンティングによる転職を繰り返してきた人がメンタル面で苦戦を強いられ、休職している人も少なくないことをご存じでしょうか? 「いくつか転職したが、居つく期間は徐々に短くなり、最後に到達した会社には地雷があった」と語った方もいらっしゃいました。

 

 

心意気や原風景が消えた

SNSのようなコミュニケーション・ツールにより情報交流が盛んになりました。

けれどもSNSは、以前からあった“お隣さん” 同士の交流とは無縁であり、身近にいる他者との交流は、むしろ疎遠になりました。

以前なら道端で顔を合わせたとき、世間話のあと息子や孫の話に及んだりする光景は普通にみられました。そうした会話がしづらくなっていったのも、生きづらさの理由になるでしょう。どちらかの子・孫世代が苦戦しているのであれば、不用意な発言には神経質になるものです。聞かれたくない、聞いてはいけないといった気持ちがあればあるほど、立ち話は減っていきます。

 

失われた30年がもたらした負の遺産は、経済面よりもむしろ人が信じられない、人を人と思わない言動や行動など精神面に色濃く残された気がしています。そんなわけで、以下がまとめとなりました。

 

敗戦により廃墟と化した町は、その後みごとな復興を遂げた。よみがえった日本を下支えし、裏打ちしていたのは、たとえばおばあちゃんの知恵であり、里山の原風景であり、打ち砕かれても立ち上がる不屈の精神など、明治から大正、昭和に引き継がれた日本人の心意気だった気がする。

昭和の時代までは 、日本人としての心意気が残っていた。

1989年から平成となり、現在の令和に至るなかで、他者との関係性が変化し、個人情報保護法やSNSなどにより情報は多層化していった。“家族的” なふれあいは消えていき、胡散臭くて貧相な思想が 失われた30年のあいだに膨張した。これらが重層的に重なり合って世のなかを席巻していった結果、こころの拠りどころだった牧歌的原風景は消え、喧噪が渦巻く世界に置き換わっていった。

 

どうでもいいことには病的なこだわりをみせるのに、大切なことに対しては誰も声をあげない。個人情報を保護するはずの法律は窮屈さを生み、危機管理を危うくさせている。倫理観とか心意気とか、大切なものは何だったかをじっくり考えようにも、時間はスマホにすっかり奪われた。意のままに生きることができなくなった違和感やもどかしさが、窒息しそうな生きづらさの本質ではないか――。

 

オレオレ詐欺で知られる特殊詐欺は2004年からですので、高齢者にとって人をたやすく信じない行動を取るようになった理由のひとつになるはずです。一方、新型コロナウイルス感染症は、マスクで顔が見えなくなり、会話を控えるなど人同士の交流が減った時期があったとはいえ、この感染症の出現は2019年ですから、高齢者が生きづらさを感ずるようになった理由にはならないでしょう。

 

おわりに 

……生きづらさについて考えてきたつもりが、脱線に次ぐ脱線で出口が見えなくなってきました。

ここはひとつ、本を紹介させていただくことでお許しください。

現代社会での生きづらさをズバリ、タイトルにした本があります。内田樹さんが書かれた『生きづらさについて考える』です。版元の紹介には、著者からのメッセージが載っていました。

 

特に今の若者たちはほんとうに厳しく、生きづらい時代を生きていると思う。著者が10代だった1960年代は明るい時代だった。(中略)

今の日本の社会はそれに比べると、とても風通しが悪い。息が詰まりそうだ。世界は移行期的混乱のうちにあり、あらゆる面で既存のシステムやルールが壊れかけているのに、日本の社会はその変化に柔軟に対応できず、硬直化している。誰もが「生きづらさ」を感じている。それはなぜなのか。どうしたらよいのか。(内田樹『生きづらさについて考える』 2019年8月 毎日新聞出版)

 

たしかに今朝(2023年8月24日)見た報道番組でも、ガソリン価格急騰についての意見交換のなかで「国は30年間付け焼刃的な対応ばかりしてきたが、抜本的な舵切りをしないと日本はもたなくなる」との意見が、経済評論家から出ていました。

わたしはまだ読んでいませんが、内田さん独特の横断的解析で政治、外交、経済、文化、教育など多岐に渡って、生きづらさの根源をあぶりだしている書なのだろうと想像しています。

 

 

 

 

《キーワード集》(一部割愛したところがあります)

成熟社会

戦後日本は、昭和・平成・令和と時代が進み、昭和はよくも悪くも拡大成長路線、「集団で一本の道を上る」、「すべてが東京に向かって流れる」、そういう時代でした。「ジャパンアズナンバーワン」とまで言われた昭和の成功体験、高度成長期的な社会の在り方や働き方がうまくいったという成功体験が、特に上の世代を中心に染みついているので、なかなか方向転換が難しかったと思います。

平成は「失われた30年」と言われた時代です。さまざまな方向転換ができず、昭和的な成長モデルにとらわれていたことが大きな要因だったと思っています。成果の少ない拡大路線を続けた結果、過労死など行き過ぎた側面まで生まれるようになり、いろんな形で限界やほころびを見せました。

しかし、令和という時代はそういうものを根本的に見直していく必要があります。新しい成熟社会の豊かさの方向にかじを切る時代です。山登りに例えると、ゴールをみんなで目指す時代から、一応頂上まで来たのだから、あとはそれぞれが、自由に創造性を伸ばし、自分の人生をデザインしていく。そういう方向に転換していくべきです。(NHK NEWS WEB「私はこう考える ポスト・コロナ時代だからこそ成熟社会に舵を切れ 京都大学 広井良典さん」)

 

格差社会

かつて高度経済成長期からその後の安定成長期までは「一億総中流」と言われ、所得面での格差社会が問題とされることは多くはなかった。ただし、経済学者の橘木俊詔は1998年の自著で、諸外国と比較して1980年代の日本の収入格差は大きかったと指摘している

1997年(平成9年)のアジア金融危機を契機として始まった正社員削減、サービス業製造業における現業員の非正規雇用への切り替えにより、就職難(就職氷河期)に喘ぐ若年層の中から高学歴あるいは高学校歴就職難が登場した。また同時に盛んに報じられるようになった言葉に「ニート」がある。

1997年から2007年の間に、企業の経常利益は28兆円から53兆円に増加したが、従業員給与は147兆円から125兆円に減少している

日本では20世紀初頭に欧州と同程度の高水準の格差が存在し、一握りの富裕層が国民所得の大部分を独占していた。その後二つの世界大戦を経て、エリートの富の大部分が破壊されてしまったため、格差は急速に縮小した

 

1995年、日本経営者団体連盟(日経連;現在の日本経済団体連合会)は『新時代の日本的経営』中で「労働者を長期蓄積能力型(経営に関与する幹部)、高度専門能力活用型(開発業務に就くエキスパート)、雇用柔軟型(製造部門などに携わるその他大勢)の3グループに階層化すべきである」との提言を行っている。

この流れは、バブル崩壊による長期不況及び、1997年の山一證券の破綻に端を発した金融不安に対応する社会経済の構造改革などによって加速した。年功序列制度の廃止、正社員のベアゼロなどの給与抑制や採用抑制、人員削減が行われ、パートタイマー・アルバイトや契約社員 などの賃金が安い非正規雇用者が増加した。全雇用者に占める非正規雇用者の割合は、1980年代から増加傾向で推移しており、2013年には全雇用者の36.7%を占めている

高度成長から低成長への変化、工業製品の大量生産・大量消費のオールドエコノミーから情報やサービスを重視するニューエコノミーへの変換、IT化、グローバル化により、企業の求める社員像は、「多数の熟練社員(多数の学生を採用し、OJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング:個性や向き不向きを見定めたうえで、“やってみせ、言って聞かせて、させてみて、ほめてやらねば人は動かじ” に沿った仕事の伝授法をいう)によって育て上げ、熟練職員にしていく)」から「少数の創造的な社員と、多数の単純労働社員」とに変化していった。

 

総務省の全国消費実態調査よると近年、所得格差の拡大傾向が見られる。世帯主の年齢別では50代以下の世帯で格差が拡大している一方、60代以上の世帯では、格差が縮小している。

厚生労働省の2010年(平成22年)版「労働経済白書」では「大企業では利益を株式配当に振り向ける傾向が強まり、人件費抑制的な賃金・処遇制度改革が強められてきた側面もある。こうした中で、正規雇用者の絞り込みなどを伴う雇用形態の変化や業績・成果主義的な賃金・処遇制度が広がり、賃金・所得の格差拡大傾向が進んできた」と指摘している。

2014年時点で、日本の富裕層の上位10%が、日本全体の富の41%を占めているという調査がある。所得の独占については、富裕層の上位10%が、全体の所得の24%を占めている

(ウィキペディア「格差社会」から)

 

8050問題

長年引きこもる子供とそれを支える親などの論点から、2010年以降の日本に発生している高年齢者の引きこもりに関する社会問題である。背景には在宅介護問題がある事が多い。高齢者と中年の引きこもりは親子依存もしくは扶養義務による事も多い。

引きこもりの若者が存在していたが、これが長期化すれば親も高齢となり、収入に関してや介護に関してなどの問題が発生するようになる。これは80代の親と50代の子の親子関係での問題であることから「8050問題」と呼ばれるようになった。該当する親子の親には収入がなくなっている状態であり、様々な理由から外部への相談も難しく、親子で社会から孤立した状態に陥っている。このまま放置して高齢化すれば「9060問題」になると言われている。

 

この語句の対象になっている世代は、バブル崩壊後の就職難にあった就職氷河期世代であり、就職活動に失敗した者も多い。しかし彼らが若いとき行政は「自己責任」「親が面倒を見るべき」として棄民(国家の保護から切り離された人々)のように切り捨てたため、彼らが生活保護を取得するようになると、一気に社会保障費が増大することが問題となっている

氷河期世代は「団塊ジュニア」「ポスト団塊ジュニア」の世代とも重なるため1,700万人おり、数が多いことも高齢化問題が深刻である理由である。「孤立は本人の努力不足からくる」と蔑視する自己責任論の社会風潮も、困窮者が相談しづらく孤立化することに追い打ちをかけている。

(ウィキペディア「8050問題」から)

 

ゲマインシャフトとゲゼルシャフト

ドイツ語では、ゲマインシャフトは「共同体」を意味し、ゲゼルシャフトは「社会」を意味する。

テンニースが提唱したこのゲゼルシャフト(機能体組織、利益社会)とゲマインシャフト(共同体組織)とは対概念であり、原始的伝統的共同体社会(共同体組織)を離れて、近代国家・会社・大都市のような利害関係に基づき機能面を重視して人為的に作られた利益社会(機能体組織)を近代社会の特徴であるとする。ゲマインシャフトでは人間関係が最重要視されるが、ゲゼルシャフトでは利益面や機能面が最重要視される。

 

日本においては、労働集約型の農業を基礎に「協働型社会」とも呼べるものが形成されていたと言われる。これは産業革命、工業化のプロセスに従って企業共同体へと変貌したと言われる(日本型社会主義)。しかし、バブル崩壊、経済のグローバル化、終身雇用制の崩壊、派遣労働者の採用の増加等に伴い、かつて企業そのものが家族共同体のようであると評された日本の企業風土も1990年代以降大きく変貌したと言える。ゲマインシャフトがさまざまに分離する可能性がありながらも、根本的なところで結合しているのと対照的に、ゲゼルシャフトはいかなる結合を見せたとしても、結局は分離していく。(ウィキペディア「共同体」などから)

 

心理学者が解説「なぜ世間には『バカ』がこれほどまでに多いのか」

なぜバカな客はプロの料理人に対して「料理とは」と長々とうんちくを傾けるのか。わたしたちがなくし物をした時、「おい、よく考えろ、最後にそれを見たのはどこだ?」と言うバカが必ずいるのはなぜか。バカはいつも、さもわかったような口をきく。

「弁護士になるのなんて簡単さ。法律を暗記すればいいんだから」
「禁煙? その気になれば誰だってできるよ」
「飛行機のパイロット? まあ、バスの運転手のようなもんだな」

そしてバカは、量子物理学の難解な講義を受けながら、何ひとつ理解できなかったにもかかわらず、講師に対して「まあ、そういう考え方もありますね」と、平然とのたまうのだ。

心理学者ダニングとクルーガーによると、謙虚な人ほど選挙の時に投票に行かない傾向が強いのだという。「だって、わたしって経済音痴だし、地政学や社会制度のことなんて何も知らないし、選挙公約だってどれがいいか決められないし、どうしたらフランスがよくなるかなんて、さっぱりわからないんだもの」。

その一方で、バカは飲み屋で集まった友人たちに向かって得意げにこう言う。「今の経済危機からどうしたら抜けだせるかって? おれにはわかるぞ」。

だが、多くの研究結果によると、アジアの国々では、こうした〈ダニング=クルーガー効果〉と真逆の現象が起きているという。アジア人は自らの能力を過小評価する傾向が強いらしいのだ。とくに極東の国の人たちは、欧米人のように能力をひけらかさず、自分は何でもできると自慢したりしない。

 

心理的な「傾向」や「バイアス」が極端に強いのがバカ

バカとはどういうものかを定義する研究結果は、ほかにもごまんとある。だがここでは、その集大成ともいえる〈シニシズム的不信〉を最後に挙げておこう。シニシズムとは、人間の性質と行動について否定的な信念を抱くことだ。わたしたちは誰でもみなこの種の不信を抱きがちだが、バカ、あるいは大バカ野郎は、並はずれて深くこれにとらわれる。

とくに大バカ野郎は、現代社会や政治に対してシニカルになりがちだ。試しに何でもいいからバカに尋ねてみよう。自らの考えを、単語を並べただけの短文で言い表すはずだ。

「そんなの全部ダメさ」
「オービス? あんなの、脅し、カツアゲ、無意味だよ」
「心理学者? 詐欺師ばかりさ」
「ジャーナリスト? みんなごますりよ」

バカにとって、まじめな人間はみな臆病者なのだ。だが、バカは何もかもうまくいかない暗い生活を送っている。ある研究結果によると、シニカルなバカは非協力的で疑い深いため、社会でステップアップする機会を逃してしまい、平均以下の収入で細々と暮らしている者が多いという。

結局のところ、「バカ」とは、心理学研究によって証明されたさまざまな〈傾向〉や〈バイアス〉が極端に誇張されている人物をいうのだ。

そして、そうしたさまざまな〈傾向〉や〈バイアス〉をすべて併せ持つ人物こそが「キング・オブ・バカ」、バカの王様だ。地球史上最強の大バカ野郎と言っていいだろう。

 

人間の欠点ばかりが目につくが「ネガティビティ・バイアス」

さて、ここで冒頭の問いかけに戻ろう。あのバカげた……いや、重要な問い、「バカを科学的に研究できるか?」だが、むしろ「どうして世の中にはこんなにバカがたくさんいるのか?」と考えるべきではないだろうか。試しに、「このバカ野郎!」と路上で怒鳴ってみるとよい。通りかかったほぼ全員が、「おれのこと?」「わたしのこと?」という顔でこちらを振り返るはずだ。その理由は、これもまたやはり心理学の研究結果に見いだせる。しかも複数ある。

どうして世の中にはバカがたくさんいるのか。第一に、わたしたち人間には元々バカを探し当てるレーダーが備わっているせいだ。これを〈ネガティビティ・バイアス〉という。

わたしたちは、ポジティブなものより、ネガティブなものにより注意を向け、関心を抱き、重要視する傾向がある。そのせいで、最悪の場合、他人に対して偏見を抱いたり、先入観を抱いたり、固定観念を持ったり、差別をしたりする。そこまでひどくなくても、たとえばパートナーが部屋の掃除をしてくれても、汚れが残っているところばかり気になって、きれいになっているところには目もくれなかったりする。

つまりこの〈ネガティビティ・バイアス〉のせいで、さまざまなタイプの人間がいるこの社会において、頭のよい人ではなくバカばかりが目についてしまうのだ。さらにこの〈ネガティビティ・バイアス〉のせいで、わたしたちはネガティブな出来事に見舞われると、その裏に隠れた別の原因を探ろうとしてしまう。たとえば、家の中で探し物をしながら「なくしたのは自分じゃない。ほかの誰かだ」と思いこみ、こう言うのだ。「おれのあれを最後に使ったのは誰だ? どこに置いたんだ?」

仕事で大きなミスがあった時も、わたしたちは別の原因を探ろうとする。そしてこう思うのだ。「すべてが台なしだ。それもこれも、あの大バカ野郎が悪いんだ」。

 

「バカだからあんな行動をとるのだ」という思い込み

さらに、世の中にバカがたくさんいると感じる理由がもうひとつある。ある研究結果によると、わたしたち人間は〈根本的な帰属の誤り〉〔他人の行動を判断するのにその人の気質や性格を重視しすぎること〕に陥りやすいという。ある人が行なった言動は、本人の性格によるものだとして、その時の状況などの外的要因があるとは考えない。そして多くの場合、きっぱりとこう断言する。

「あいつはバカだ」

だから、猛スピードで追い越していった車を見て「あの運転手はバカだ」と思い、学校で大ケガをした子どもを慌てて迎えにいくのだとは考えない。二時間経ってもラインの返信がない友人に対して「何を怒ってるんだろう」と思い、電波が届かないところにいるとは考えない。部下が資料を提出しないと「あいつ、怠けやがって」と思い、部下が膨大な仕事を抱えて身動きができないとは考えない。自分の問いかけに対して教師の返事がそっけないと「この先公はバカだ」と思い、自分の質問がくだらなかったとは考えない。

このメカニズムのせいで、わたしたちは「この世の中はバカばかりだ」と思いこんでしまう。

(セルジュ・シコッティ 「地球史上最強の大バカ野郎とは誰か」プレジデント・オンラインから)

 

価値観の多様化  

フランスに住んで7年目になる筆者が、外から日本を眺めていてここ数年で強く感じるのは、日本に大きな変化が起き始めているということだ。それを象徴するのが「多様化」という言葉を頻繁に聞くようになったことにある。なかでも多様化が顕著なのは、働き方だろう。日本で多様化という言葉が広がり始めていることに違和感が漂う。日本と多様化というのはまるで、水と油のように、交わらないもののように感じるからだ。そもそも、日本には(日本人にしかわからない)大企業に勤める「きちんとした人」と結婚して、子どもを持ち、育てる、という「王道のスタイルの生き方」がいまだ堂々と生き残っている。だからこそ、そこから外れた人が出てきた場合や、逆に王道を押しつけるような事態が発生した場合、炎上するのだろう。

人生初めて訪れたパリでその後の人生を変えるほどの衝撃を受けることになる。実際にパリに住んでみると、恋、結婚だけでなく、あらゆる多様な生き方、価値観があることがわかった。

最初から結婚はしないと決めて(男性側は、親の結婚生活を見て嫌気がさし、女性側は親の離婚を見て結婚はしないと決めていた)2人の子どもを産み、育てているフランス人カップルもいた。最近では、同性婚が認められたことにより、男性同士、女性同士で結婚しているカップルも増えているし、同性カップルがベビーカーを押している光景も見掛ける。

 

こうした生き方を目の当たりにして、いろいろなことに気がついた。それは、これまで生きてきた30年間、いかに自分が日本社会の「〇〇であるべき」という王道の基準に自分を合わせて生きていたかということだ。それが原因となって、重苦しい鎧(よろい)を着ているような「生きづらさ」を長年感じていたのである。多様な社会というのは、いろいろな自分を持った人が生きている社会である。30年間という月日でしみ着いてしまった、王道の基準を参考にする習慣を改め、自問自答する習慣を身に付けることは簡単なことではなかった。チリが積もるように少しずつ、忍耐強く確かめてゆく訓練のようなものだった。

 

こうして数年経過した頃、自分に変化が起きていることが分かった。

それまでは、フェイスブックなどSNSで他人の生活をのぞいた際、自分と他人を比べて、鬱々とした気分になっていたのだが、その回数が減っていることに気が付いた。鬱々となる一歩手前で、「でもそれ、本当にうらやましいと感じるか?」と、ワンクッションおいて、自問自答する習慣が身に付いたのだ。結果、むやみに他人と比べて嫌な気分になることが減った。

ここ最近は、肩の力を抜いて気楽に生きている、と実感できている。多様な価値観やシステムがある社会の中で生きることは、他人のわがままと付き合うことでもあり、嫌な思いをすることもある。が、同時に自分目線で見れば、自分のペースで生きられるということでもあり、とても自然で心地がいい。(中村 綾花 : ラブジャーナリスト、ライター)

(「多様な生き方は、日本ではしんどい。理由は……」 東洋経済オンラインから)

 

デュルケームの自殺論

短期間でみれば自殺率はそれぞれの国でほぼ一定の割合になる。それを規定しているのは社会であるから、その国や社会で生ずる自殺率を社会自殺率と呼ぶ。だから社会自殺率は、社会の特徴を反映していると説いたのは、社会学者であり教育学者や哲学者でもあったデュルケーム。

19世紀後半に急激な自殺率の上昇が欧州で起きた理由を、氏は個々の人間心理にでなく、社会の要因に求めました。社会的色合いからデュルケームは、3つの自殺パターンをあぶりだしています。

1.自己本位的自殺

個人主知の拡大によって増える自殺に代表される。個人と集団との結びつきが弱まることにより極度の孤独感や焦燥感が生じ、孤立を招く環境に集中しやすい。無関心とよそよそしい感情に包まれ、憂うつ的で消沈状態にある。郡部よりは都市に、また既婚者より未婚者に多い。

2.集団本位的自殺

献身や自己犠牲が強く求められる伝統的な道徳構造を持つ社会や、軍隊組織にみられる自殺に代表される。集団の価値体系に絶対的な服従を強いられる社会や、個人が価値体系・規範に自発的かつ積極的に服従しようとする社会にみられる。もともと強烈な感情に根ざしているので、ある種のエネルギー発揚を必ず伴う。義務的な思いが昂じて至上命令的かつ能動的に起こることが多い。義務を果たしたときに感ずる静かな確信が基調になっていることもある。

3.アノミー的自殺

社会的な制約や規律が弱まって乱れることで集団や社会の規範が緩み、自由度が広がった社会で起きやすい。膨れ上がる欲望を果てしなく追及し、それが実現できないことに幻滅や虚無感を抱いて自殺する例に代表される。感情の中心にあるのは「怒り」や失望」であり、苛立ちや倦怠感が強い。不景気のときより、むしろ好景気のときに多い。

 

 

《原書からの抜粋》

自殺の要因のうちには、とくに類縁性の深い二つの要因がある。すなわち自己本位主義アノミーである。事実、それらが一般に、同じ社会的状態の二つの異なった側面にすぎないことはわかっており、したがってこの二要因が、同一の個人のなかにみいだされるとしてもべつに不思議はない。

 

自殺者の心理の形式でさえ、俗に考えられているほど単純なものではない。かれは生に疲れたのだ、生をいとわしく感じたのだ、などといってみたところで、それは、この心理の形式を定義したことにはならない。じっさい、自殺者にはひじょうにさまざまな種類があり、さきに社会的原因の性質にしたがって構成したあの自殺タイプと、その本質的な特徴において対応をしめす。それらは、いってみれば社会的原因の個人内部への延長である。

(デュルケーム「自殺論」(宮島 喬訳)から)

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