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健康長寿サロン

睡眠障害について その2 
睡眠剤を飲むと認知症になる?

お題)

(後半)不眠にて眠剤の投与を受けたが、認知症になるのが心配とのリクエストがありました。

 

不眠症(睡眠障害)と薬剤査定

日本の場合、成人の30%が入眠困難、中途覚醒、早朝覚醒、熟眠困難などの不眠症状を持ち、6~10%が不眠症に罹患しているとのデータがあります。慢性の不眠症は、日中の眠気や倦怠感、集中力の低下、抑うつ気分を招きやすく、事故発生の温床になります。

そのような理由から、日本では睡眠をもたらす薬剤が多く用いられてきた経緯があります。

ところが2018年度診療報酬改定では、不眠症や不安神経症によく処方される向精神薬の長期処方や多剤処方にメスが入りました。不安や不眠の症状に対し、一部の例外を除いてベンゾジアゼピン系と呼ばれるの薬剤を12月以上、 連続して同一の用法・用量で処方されている場合は減算(医療機関へのペナルティ)されることになりました。

背景には、高齢者では転倒リスクの問題、認知症との関係のほか、日本の使用量が多い点もあるようです。

  

 

ベンゾジアゼピン系薬剤と認知症との関係

ベンゾジアゼピン系とは、以前から不眠症や不安神経症によく処方される薬剤で、正しくはベンゾジアゼピン受容体作動薬と呼ばれます。この系統に属する薬剤は、認知症の発症を高めるリスクがあると2014年あたりから報告されるようになり、日本でもいくつかのメディアで取り上げられました。フランス・カナダのグループが2014年9月に報告した論文が契機になりました。論点は2つあり、ひとつはベンゾジアゼピン系薬剤を3か月以上使用した場合に、アルツハイマー病の発症リスクが約1.5倍になること、もうひとつは長時間作用性(半減期が長い薬剤)は、短い薬剤よりも、発症リスクが高いというものでした。

 

一方、2015年6月にスイスのグループから、ベンゾジアゼピン系薬剤と認知症の発症リスク増加との間には相関がみられなかったとのレポートが出されました。翌年の2016年2月にも、ワシントン大学からベンゾジアゼピン系薬剤と認知症発症リスクとは無関係であるとのレポートが出ました。具体的には、65歳以上の高齢者3434名に対する追跡調査が行われ、観察期間は平均7.3年。797名(全体の約23%)が認知症を発症し、そのうちの637名がアルツハイマー型認知症だったが、ベンゾジアゼピン系薬剤の累積使用量が多いグループと、ベンゾジアゼピン系薬剤を使用していないグループとでは、認知症の発症リスクに有意な差はみられなかったといった内容でした。

どうなっているんだ? と思われるかもしれませんが、真逆な内容になっているレポートは医学エリアではよくあることです。理由の仔細には触れませんが、医学は自然科学と呼ばれるなかでも物理学や化学と異なり、個体差や生物としての“揺れ”が関係しているのでしょう。

 

眠れないけれど、認知症になる薬は飲みたくない

2014年に出されたレポートを根拠に「不眠症だけど認知症になるのは怖いので薬は飲みたくない」といった選択は、あってよいと思います。また相反するレポートがあるのだから、「眠れないのでこれまでどおり薬を飲む」との選択肢もあってよいでしょう。

 

一方で、不眠が脳に及ぼす影響のひとつとして認知症リスクが高まる危険も知っておいてください。2021年4月にイギリスから出たレポートがあります。7959名を25年に渡って追跡調査したところ、認知症と診断された人は521名いたことから、睡眠時間と認知症発症リスクの関連を調べたところ、50才、60才における睡眠時間が6時間以下の群は、7時間以上の群に比べ、70才時の認知症リスクが3割増加したとの内容でした。中年期の睡眠不足は、認知症のリスク増加につながり得るといった指摘があるからです。

 

睡眠薬で、ボケることはないのか?

ベンゾジアゼピン系薬剤を服用している高齢者は、転倒リスクが高いといわれます。一番の理由は、筋弛緩作用ですが、アルコール(お酒)と併用したり、服用したあと読書をしたりテレビゲームに夢中になったりしていつまでも起きていると、アクセルとブレーキを同時にかけることになるため脳に混乱が起きやすく、ひいては転倒リスク増加につながるといった理由もあります。

 

たとえばトリアゾラム(先発品名はハルシオン)は、前向性健忘の報告がよく知られています。前向性健忘とは、睡眠薬を服用してからあとの記憶が思い出せなくなる現象ですが、ベンゾジアゼピン系薬剤のほとんどに前向性健忘がみられるとされます。

この前向性健忘が、ボケつまり認知症とよく混同されます。理由はよくわかります。起きているように見えても、じつは薬がすでに効いていて頭は眠りに入っている状態ですから、会話のやり取りはできても記憶に残っていません。人によっては電話をかけたり、インターネットで買いものをしていたとの報告があります。また起き上がってクルマの運転をしたり、夜中に冷蔵庫のものを食べあさっていたといった例も報告されています。

いずれのケースも本人にはまったくく記憶がないため、周囲からは「いよいよボケたか」と思われてしまうわけです。

 

 

アクセルとブレーキを同時にかけることによる混乱を防ぐ手立ては、服用したあとは暗く静かにした部屋ですみやかに床に就くことで防げます。眠くなるまで本を読んだりテレビを見るといった視覚情報や、音楽やラジオを聴くといった聴覚情報は遮断すること、途中で起きて仕事をしなければならないようなときは服用しないといった姿勢が大事になります。

この点が順守されていれば、ベンゾジアゼピン系薬剤といえども、脳に不可逆的な変性を起こさせたり、認知症を招いたりすることはありません。

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