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浜辺の診療室から

よい本との出会い
絵本のような本(Ⅰ)

  • 生をめぐる雑文

とある駅ビルに立ち寄ったら

ほぼワンフロアを占めていた大きな書店が消えて

衣料品関係の店舗になっていた

消えたはずの書店は下のフロアに降りて

名の知れた大手書店に代わっていた

でも店はこじんまりとしている

 

大手書店の小さな本屋さん

さてどの陳列棚に行ってみようか……と迷うまもなく

レジに近い低めの棚で

絵本のような本をみつけた

きらきらした飾りものに囲まれて無造作に置かれた数冊の本は

どれも温かみのある装丁で

展示品みたいだった

 

正方形をした厚手の表紙をめくったら

水彩があしらわれたページが現れた

へー、ほーっと感じながら

そっと表紙を閉じた

絵本といえば絵本だが

搾りたて果汁のような水彩が

行間や背景を埋めている

しかも 一つひとつのカットは

文中のどこかの部分と呼応していた

……シャレた本だ

 

しばし天を仰いだあと

まだ時間があることを確認して

もう一度、本をぱらぱら

今度は

へー、ほーっと感心しながら

1ページぶんを読み終えた

感心したのは

読んでいくにつれ

情景がはっきり浮かんでくること

そうさせているのはおそらくシンプルで

フレンドリーな文体だ

 

レジの店員さんに尋ねてみた

「これは、どこに置いてあるのですか」

サンプルだと思っていたので

陳列棚の場所を訊きたかったのだけれど

うまくいえなかったから伝わらなかったのだろう

 

中年の店員さんは、ぽかんとしたあと

困ったような顔つきになって

「……そこ、そこにありませんか?」

ミョーな会話になった

レジを別の店員さんに任せて売り場に出てきた店員さんは

付近を一回りしたあと

「スミマセン、これもう最後の一冊みたいで」

 

申しわけなさそうな声を聞く前に

気持ちは決まっていた

絵本のような本を手に取って宣言

「これ買います」

店員さんは一瞬、またぽかんとした顔をしたあと

「じゃ、こちらで」

 

 

こうやって本を買ったことならよくある

アマゾンにある感想文は

参考にはなるが あてにはならない

売れていて コメントが多い書籍でも

ハウツー本や〇〇の秘訣みたいな本は

読者に媚びていたりして

当たりはずれが大きい

 

読みやすくて

自分の生理や感性と合うものでなければ

読んでいても楽しくない

だからこそ

一瞬の出会いを 大切にしたいと思う

それはある人にいわせれば

本屋さんの策略にはまっただけだろうけれど

ちょっといい拾いものをした気分になれる

 

 

トウキョウで働いていたときは

丸の内オアゾや東京堂書店によく行った

東京駅と直結していたオアゾは通り道だった

東京堂書店には生き字引みたいな店員さんがいた

たとえばタイトル不明、作者も不明だけれど

こんな内容で1970年代に出た本らしいなどと伝えると

無言で陳列棚に歩いていく

そうして

このあたりですかねといって棚から取り出された 2,3冊の本のなかに

探していた本が必ずあった

いずれも大きな本屋さんだから

何でも揃っていたし

本屋さんとしての風格や個性があった

 

 

地方では

大手書店が相次いで撤退している

アマゾンなどの登場で 書店に足を運ばなくなったことと

電子書籍の登場が二大理由らしい

でも紙媒体というモノに対する書籍愛好者は

買い手にも売り手にも

そして作り手にも 末永く残り続けるだろう

小さな本屋さんの時代が

来るかもしれない

(絵本のような本 Ⅱは、「心療内科」欄に掲載してあります)

目次

生をめぐる雑文

心療内科

働き方(労働衛生)

高齢者の終末期

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