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浜辺の診療室から

最近のハラスメントと労働衛生

  • 働き方(労働衛生)

ハラスメントというと、かつてはあからさまな嫌がらせと同義でした。

けれどもいまは、ありとあらゆるハラスメントが存在するようで、カラオケハラスメント、テクノロジーハラスメント、セカンドハラスメント、スメルハラスメント、ロジカルハラスメントといった用語がネットに並んでいます。ちょっと変わったところでは、大学を舞台にしたアカハラとか、宴席などでのアルコールハラスメント、感動ハラスメントなどもあるようです。

職種の種類だけハラスメントがあるような印象さえ受けます。

一つひとつに固有名詞や呼称を与える意味があるのかどうか、わたしにはわかりません。

 

そのような時代にあって、近年増えていると感ずるタイプに、周囲にみえない“毒” を振りまく人がみせるハラスメントがあります。典型は、ベテランさんと新人さんのあいだでみられるハラスメントでしょう。ベテランさんは、初心者の立場に立てば どこで立ち往生しているかが想像できるため、大事なツボがよく見えています。毒をまくベテランさんは、静かな顔をしてツボを教えないという行動に出ます。周囲からは見えにくく、ひょっとすると被害を受けた新人さんも気づきません。新人さんは、仕事の全体像が見えていないからです。新人さんは、教えられたとおりにやっているので、なぜわからないのだろう、なぜこんなに時間がかかるのだろうと頭を抱えていきます。ベテランさんにいくら尋ねても 同じ答しか返ってこないので仕事は滞るばかりです。

 

逆に、相手の立場になって考えることができない人も、毒を振りまいています。そのような人の場合、業務は常に自分主体で回っていますから、目線を落とさないと見えてこない部分がまったく見えていません。自分と関係ないことは知らなーい、やらなーいと公言し、周囲から孤立していくと「誰も助けてくれないよね、この職場は」などと口にします。事情が読めない上司は、少しは協力してあげなさいよ、と周囲を叱責するだけで、ハラスメントがあるとはやゆめゆめ思っていません。

特定の誰かを排除すればハラスメントだと気づくでしょうが、このような事例では、特定の誰かが 職場のあなたたち大半になっています。当然のことながら、ある役職にいる人や、ある技能を持っているような人にしばしばみられます。

結局あと始末を任された人が崩れていきます。あと始末のできる人は器用であり機転の利く人ですから、有能な人がひとり、またひとりと職場から消えていきます。

 

みえない毒の厄介なところは、職場崩壊を起こす点にあります。

ハラスメントがあったり毒がある職場は、仕事と向き合っていても不快であり、楽しみもありません。だからいつまで経っても、仲間同士の一体感が持てないのです。

反対に 毒のない職場は、個々人が自分の力を思う存分出すことができます。そのような職場は、快適職場と呼ばれます。

労働衛生の場でよく出てくる快適職場という呼称はいかにも軽いですが、快適職場になるためにクリアすべきハードルはいくつもあります。うちは快適職場になったと胸を張っていえる職場は、上司を含めたすべての職員が相手の立場になって考えることができる質の高い職場だといえます。相手とはいうまでもなく社内の同僚であり、社外のユーザーです。

 

 

そのむかし、職場のメンタルヘルスは、精神医学関係の学会でも産業衛生関係の学会でも演題がありませんでした。話題として取り上げられなかったということです。体調不良の原因は、あなたのストレス耐性が低いからと個々の要素に原因を求める姿勢が主でした。ストレスの原因が職場にある例でも、原因の大半は人間関係だから上司と話し合うことで解決し、業務の質や量の問題には触れられませんでした。業務は業種によって異なるのですから、そもそも医学で取り扱う問題ではないと思われていたのでしょう。

風向きが大きく変わったのは、自殺者が3万人を超えた1998年(平成10年)からです。1997年からの第二次平成不況と、2000年から2002年までの第三次平成不況が大きく関係しています。もはや個人の耐性の問題では説明できないとわかって以来、職場のブラックな部分をあぶり出していこうといった動きが始まっていきました。相談したい相手の上司から、じつは深刻ないじめつまりハラスメントを受けていた例も少なくなく、上司や人事にだけ任せていたのでは何の解決にもならないとの結論に至りました。現在行われるようになった職場のストレスチェックは、このころの動きが土台になってできたのです。

個人的なことをいえば、わたしが産業医をしていた職場からも自殺者が出ていました。業務の重圧から眠れない日々が続いていた同僚は、業務の縮小を上長に相談し、上長から相談をうけたわたしは即刻の休養を指示しました。しかしその二日後に、同僚は人目のつかない変電室のロッカーで縊死しました。あとになって知ったのは、あと一か月頑張ってみないかと上長から指示されたとのことでした。産業医の声は届かない、なんと非力なのだろう、……指示命令系統の外にいるのが産業医なのだろうと思いました。

それからひと月ほどして、研究職にあった人が寮で自死しました。検死に立ち会った仲間の医師の報告によれば、部屋にはアルコール類が散乱し、コンセントとつなげられた電極が胸の左右にガムテープで固定されていました。「電極の部分は焦げて孔が空いていた」と医師はいい、そして「このままでいいんですか? なにもしないでいいのですか」と詰め寄られました。

さらにそれからほどなくしたある日、大手企業の人事の人から相談を受けました。本体と関連グループとの連結で、自殺者または自殺未遂者が年間で400人弱生じており、研究開発部門に多いとの内容でした。よほど切迫していたのか、部外秘資料をコピーしましょうか? ともいわれましたが、それはお断りしました。働きながら死んでしまうなんで、炭鉱の爆発で死者が出た時代と少しもかわらないじゃないか、残された家族はどうするんだ……。

ともかく平均一日一人が自死しようとしている事実を知らされたとき、産業医の業務は片手間にはできないと悟り、十字架を背負ったわたしは、産業医以外の業務をすべて凍結することにしました。

労働衛生コンサルに注力して自殺問題や職場の環境改善に取り組んでいた時期には、製造業、出版関係、報道関係、地方自治体などに属する関係者と必死になって善後策に取り組み、労働衛生強化月間には東京都庁主催の公開講座でお話ししたこともありました。

 

 

自殺者が高止まりしていた時期は、国難ともいえる時期で大変でしたが、できる人への一極集中のリスク、そうさせないための日ごろからの業務の棚卸しといった概念が少しずつ職場で共有されてきたような気がしています。

自殺者3万人時代から10年ほど経ったいま、ハラスメントのざわめきは、思春期前の学童でみられる小競り合いが、職場でも起きているとみればよいのでしょうか。

 

 

当診療所では産業医に必要な資格のうち、労働衛生コンサルタント(保健衛生)を管理者が持っています。ただし時間上の都合から、現在は所属法人内の産業医活動に限定して活動しており、外部からの産業医委託業務はお受けしておりません。

むろん心療内科受診者のなかには、職場がらみ、とりわけ対人関係に悩む労働者の受診者も少なくないため、働く人のメンタルヘルスを扱うには、産業医としての知識は あったほうがよいとされます。ちょっと比喩的表現になりますが、知識以外の産業医業務は冷蔵庫にしまい込み、かつて冷凍庫で凍結させていた部分を解凍して現在に至っています。凍結していたうちに傷みが進んだ部分は、取り出してみるとわかります。具体的にはガイドワイヤーを要するような医療技法、内視鏡の手法、更新を要するような資格などでした。医業を生業として40年が経ったいま、断捨離にて要らないものは破棄して日々の業務にあたっています。

 

ちなみに産業医になるための資格を歴史に沿って並べると、以下のようになります。

  1. 学校教育法による大学において公衆衛生学教室や衛生学教室、労働衛生学教室など労働衛生に関する科目を担当する教授、准教授又は講師の職にあり、又はあった者。厚生労働大臣から指定を受けた終生資格。
  2. 労働衛生コンサルタント試験に合格した者で、その試験の区分が保健衛生であるもの。厚生労働大臣から指定を受けた終生資格。
  3. 産業医の養成等を行うことを目的とする医学の正規の課程を設置している産業医科大学その他の大学であってその大学が定める実習を履修したもの。厚生労働大臣から指定を受けた終生資格。
  4. 日本医師会認定産業医制度により、研修を受けて厚生労働大臣から指定を受けた者。終生資格ではないため、取得研修と資格更新のための研修が必要。

当方は2.に属します。

また産業医のニーズ拡大により、1990年4月から 4.の医師会認定資格が生まれました。

目次

生をめぐる雑文

心療内科

働き方(労働衛生)

高齢者の終末期

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