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浜辺の診療室から

ためになり 役に立つ本
絵本のような本(Ⅱ)

  • 心療内科

話題になった本でも

人から勧められた本でも

わたしたちは自分のためになり

役に立つ本を取捨選択して求めてきた

学生なら参考書

ビジネスマンなら

マネジメント論やマーケティングに関する本

上司の心得のようなリーダー論なんかも

たしかに役に立つ

スペシャリストと呼ばれる専門職であれば

専門知識を取得するための学術書だ

 

ためになり役に立つ本をたくさん読んできたはずなのに

肝心なことに無知だったと思い知らされたとき

わたしたちは

はっとして たじろぐ

 

 

たとえば接遇のレクチャー

インストラクターがこういった

「感謝の反意語って、何だとおもいます?」

考えるに数分の時間が与えられたが

参加者たちから正解は出なかった

 

正解は……あたりまえ

仕事にトラブルはつきもの

気をつけていたつもりでもトラブルは起こる

ちょっとしたことをおろそかにすれば

そこでもトラブルが起こる

フツーに進むことがあたりまえだと思っていると

トラブルが起きたとき

なんだよ しっかりやれよと

イライラした人の不満が爆発する

一つひとつのことに感謝することを忘れてしまった人は

ありがとうといわなくなる

感謝することをしなくなる

フツーに進むことがあたりまえだと

信じて疑わなくなってしまったから

 

はっとした

仕事をしている日常の場で

感謝ということばは 日に何度も耳にする

でも反意語を知らないってことは

うわっ滑りの“感謝” しか知らなかったのだと思う

 

これまで読んできた

ためになり役に立つ本には

感謝の反意語なんか ひとつも書いてなかった

どこかに書いてあったのかもしれないが

見逃していた

そうであれば 何のためになり

何の役に立つ本だったのだろう

 

 

たとえば購入したばかりの“絵本のような本” にあった一節

まじめで柔軟性のなさを自認している主人公は

決まりごとを守り

公平であることを望み

秩序を保とうとするが

それゆえにその場をしらけさせてしまうことがある

だからかもしれない

主人公は 気のゆるみがちな木曜日を警戒している

明日から週末という気のゆるみが

ちょっとしたミスや事故を生むからだ

 

いつものような木曜の朝

職場に向かう歩道で信号待ちをしていると

うしろから駆けてきた2名の小学生が信号機の前で立ち止まった

そこからのシーンを紹介しよう

 

 男の子のひとりが言った。

 「なあ、うちの父さん、免許センターで働いてて教えてもらったんだけど、

 青信号の意味って知ってるか?」

 もうひとりが答える。

 「『進め』だろ?」

 「ブー! 違いまぁす」

 違うのか。「進め」じゃないとしたら、何だ?

 私もこっそり考えながら、正解を待つ。

「答えは『進むことができる』でーす!」

 私は、はっと、その男の子を見た。

 

 「進め」と命令されているんじゃない。

 「進ことができる」と知らされているだけ。

 自分がそうしたいと決めたから、私の意思で止まったり進んだりしているのだ。

 信号が青に変わる。

 いつもの朝。いつもの横断歩道。いつもの私。

 信号は、青。

 誰にも合わせなくたっていい。自分のルールでいけばいい。

 私は胸を張って、進むことのできる道を歩いた。(一部略あり)

(『いつもの木曜日』青山美智子  宝島社 2022)

 

どこにでもありそうな人間風景のなかで

結局のところ 生きるとはどういうことで

ホントウに大切なものは何かが

登場人物のしぐさや言動にじわり 沁み出ている

 

そしてなにより 作品には

人間への温かいまなざしがある

ぐっと押し込まれて後がない場面から

起死回生の展開に あっと驚かされ

忘れていたものに はっと気づかされる

 

 

 

一般向けの心理学テキストや

ストレスフリーな生き方、健やかに老いる秘訣といったハウツー本が

これまでもたくさん登場してきた

けれどメンタル系で苦戦している人や

定年退職後の高齢者にとっては

そうはいってもねえ……の読後で終わることが多い

 

ハウツー本に書かれていたような舵切りは難しいですか? と

とある会場に集まった高齢者に尋ねてみたら

それができりゃ苦労しないさ

斜に構えて読んだわけじゃないけど 感性の違いかしら

などの回答が返ってきた

役に立たない本なら

ためにもならない

だから手元に置いて読み返す本になっていかないのだろう

 

 

 

わたしたちはいくつになっても

疑心暗鬼な生き方しかできないのだろうか

“豊かな時代” のジレンマかもしれない

相も変わらず背伸びしていたり

無意識に誰かと較べていたり

いまさらこんな仕事はイヤだと嘆いてみたり

代り映えしない日々に飽き飽きしてみたり

 

 

背伸びせず 等身大で生きることの大切さ

となりの芝生と比べて嘆くことの無意味さ

平凡であっても 目の前の仕事に取り組むことの大切さ

日々出会っているはずのありがたいことへの感謝……

 

不格好でもいいから 借り物ではない

自前の衣装をまとって生き抜くことの大切さを

この本は静かに教えてくれる

ためになり役に立つ本とは

絵本のような本のことをいうのだと思う

(絵本のような本 Ⅰは、「生をめぐる雑文」欄に掲載してあります)

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