• 0465-64-1600

浜辺の診療室から

困った……老衰という壁
(救命現場から 第6回)

  • 高齢者の終末期

高齢者施設から救急搬送され、入院になった方の話をしましょう。

患者さんは92歳でほぼ寝たきり状態にあり、食事、入浴、排泄のすべてに介助が必要でした。

今後の方針を確認すべく、機能低下や“脆さ”の話をキーパーソンのご家族に始めたところ、そうしたことなら理解している、とおっしゃいました。

「延命治療は不要です。元気になって施設に戻れれば、それでいいのです」。

 

老化に“急変”が加わっていたため、写真や、血液・尿などによる検査で、異常所見は簡単に、しかもたくさんみつかりました。それを是正すべく順次手を打っていくと、写真は改善して数値もよくなっていき、ほどなくして大半の数値は、許容範囲内に入ってきました。

でも、食べられない。寝てばかりいて、覚醒しません。

施設に戻るのであれば、寝てばかりいても水分の継続補給が必要と説くと、「お願いします」との返事。ところが点滴を入れる血管はもうどこにもなく、あっても脆いため、末梢静脈からの補液はできませんでした。

そこで中心静脈という、表在にはない血管の説明をし、点滴路をそこに求める際のリスクを説明して、カロリーを盛るのか、それとも水分だけにするかを問い、家族の了解を得て中心静脈ルートで補液することになりました。

水分を入れて数日が経ったところで、万事休す。またたくまに浮腫みが目立つようになり、あれだけよくなった写真と検査所見が、ふたたびゆがみ始めました――。

 

 

心機能が低下し、腎機能も低下した体では、水を入れてみても、必要なところに行きわたりません。老衰に近い身体は恒常性が破綻しているケースが多く、医療的介入を試みてもうまくいかない例がよくあります。補液すれば、入れたぶんだけ体内に貯留され、からだが水でふやけてしまう。そこで利尿をかけると電解質バランスが崩れる、補液を絞るとたちまち脱水症に陥るといった具合です。

 

終末期にある高齢者に必要な水分補給はどれくらいかが、いまだに論じられます。その量は従来、必要と記されていた水分量より、はるかに少ないことが経験的にわかってきました。高齢者への水分補給は、心不全(心臓の機能低下)を助長するから十分に気をつけるようにと、どの治療本にも書かれるようになりました。

 

 

水さえ受けつけなくなっている体に対して、医療は何ができるのでしょう。

90歳を越し、95歳を越しても、元気な方はたしかにいらっしゃいます。

かたや、そうでない高齢者の“急変”に対して、医療・看護・介護は、どう向き合えばいいのでしょう。

目次

生をめぐる雑文

心療内科

働き方(労働衛生)

高齢者の終末期

ページトップへ戻る